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2007年12月20日
映写室「ユゴ~大統領有故」イム・サンス監督合同会見(前編):犬塚芳美
―韓国近代史の暗部を描く―
1979年10月26日午後7時40分頃、ソウルの宮井洞宴会場で、パク・チョンヒ(朴正熙)大統領が銃弾に倒れた。これが所謂「10.26大統領暗殺事件」で、18年に及ぶ韓国の軍事政権が終焉する。この作品は28年の時を経て、封印された暗殺前後の24時間を読み解き、「そこで何があったのか」と映画化した物。韓国近代史上最もショッキングな事件だけに、注目もされれば物議もかもす。今も韓国の法廷で、この作品が朴正熙大統領の名誉毀損に当るかどうかを争っています。脚本も手がけたイム・サンス監督にお話を伺いました。 (12月8日 大阪にて)
<その前に「ユゴ」とは>
有故(ユゴ)とは韓国語で“事故にあう”という意味。首謀者の韓国中央情報部(KCIA)のキム・ジェギュ部長が、暗殺と言う事実を曖昧にする為に、事件直後に「大統領が有故にあった」と軍や政府に説明し、事件の翌日、韓国の新聞では「大統領有故(ユゴ)」と言う見出しが一面を飾った。
<イム・サンス監督インタビュー>
―この映画を撮ろうと思ったきっかけは。
イム・サンス監督(以下監督):韓国近代史の中で重要な事件ながら、捜査が慌ただしく行われ、結果が明らかになっていない。それを探りたかったし、映画監督として描きたいテーマがあったんです。それとノ・ムヒョン政権になったので、制作可能ではないかと思いました。個人的には前作の「浮気な家族」が興業的に成功し、僕が映画界の中でポジションが出来て、これを撮ることが出来ました。
―首謀者のキム部長にペク・ユンシク、キム部長に誘われて暗殺に参加するチュ課長にハン・ソッキュ、と言うキャスティングは。
監督:ペク・ユンシクは主にテレビで活躍しています。実際は保守的な方ですが、この役に惹かれると、政治的な事を排除して引き受けてくれました。ハン・ソッキュの演じる役はこの映画では主役の次で、彼のような大スターをその位置で起用するのは本来難しいのです。NO.2での出演と言うのは彼のキャリアの中でも珍しいのですが、本人が複雑な役どころを気に入り、引き受けてくれました。
―朴大統領の家族から訴えられていますが、今どうなっていますか。
監督:日本の歌を歌ったり、女好きだったりというシーンがあって、朴さんが前面に出るのが個人に対する名誉毀損という事です。この作品は韓国では2005年の11月30日に公開されましたが、判決はその2日前に出て、映画に入れたドキュメンタリーの前後をカットして上映するように言われました。だからそのシーンを削除したバージョンで、カンヌやニューヨークの映画祭では上映したのです。其処で私の方でフルバージョンの上映を訴える広告を出しました。その後O.Kとなり、去年の釜山映画祭ではフルバージョンで上映しました。フルバージョンの上映は映画祭ではありますが、一般公開では日本が初めてです。
―訴えられたのは何時ですか。撮影は終わっていたのですか。
監督:2005年の11月24日です。ノ・ムヒョン政権になりこんな作品を撮れるとは言っても、規制があるだろうと、撮影の事は報道記者たちに緘口令をしいていました。ところがセンセーショナルなメディアがシナリオを手に入れて、朴大統領は女好きで演歌を歌うシーンがあると報道して、撮影は終わっていたのですが、編集の最中に訴訟がありました。撮影しているのは知っていても、現政権なので圧力はなかった。このあたりは韓国の状況に敏感でないと解りにくいのすが、キム・デジュンは自由化に動いた偉大な大統領ではあったが、まだ朴政権の残党がいて、これを描くには時期尚早というか自由の歴史が浅かった。ノ・ムヒョンは戦後生まれの大統領なので、そんな束縛が無く出来たのです。
―それがどうして削除しなくて良い事に。
監督:判決を受け、公開する前にこちらもすぐに控訴を起こしたのです。その後で削除版で公開しました。次に、カットしなくていいが名誉毀損で大統領の遺族に1億ウォン払えと言われました。この金額は韓国では非常に大きいものです。この判決は、名誉毀損だとしても映画の内容にまでは司法が関与できないと、判断したのだと思います。最初の削除しろと言った判事は、今もって朴大統領の政治的影響を排除できないと言う政権の気持ちを汲んでの事でしょう。この判事は後で左遷されています。問題のドキュメンタリーシーンは朴大統領の葬式の模様で、民衆は全員が号泣しています。それを入れたのは、このシーンで観客を25年前に連れ戻したかったから。今の貴方ならどうするかと、観客に問いかけたかったのです。大統領が死んだ時、僕の親は家の中で喜んでいました。朴政権下で無実の人が投獄されるのを見てるので、弾圧や独裁が終わったのを喜んだのでしょう。
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(C)2005 by MK PICTURES
―この映画を撮ろうと思ったのは何時ですか。
監督:2003年の「浮気な家族」が公開されたのは丁度大統領選挙の頃です。ノ・ムヒョンが当選しないとこの映画は作れないので、仕事の合間を縫って彼に投票しに行きました。で、彼の政権が誕生し、2004年にこの映画を撮りたいと言ったら、前作の成功もあって製作会社がO.Kを出したのです。
―それまでは性的なタブーを描いてきたのに、この作品から急に政治的になりますが。
監督:僕が性的、政治的な両面を持っているのです。
―この映画はフィクションですか、それともノンフィクションですか。国内の受け止め方は如何でしょう。
監督:真実かどうかは哲学的な問題になるので、議論に踏み込まないようにしている。この事件の記事を読むと、映画が事実と重なると解るはずです。ただ記者が良心をもって真実を書くのと、映画監督が良心で真実を描くのは微妙に違う。直感で真実を貫くと言う事もある。今韓国では芸術的な真実と、記録的な真実を争っているのですが、フルバージョンで上映できればその争いももう意味がないかと思います。
―監督が次に撮りたいのは何ですか。
監督:この作品で描いた70年代の暗殺事件、「懐かしの庭」の80年代の光州事件、前作の「浮気な家族」は女性とセックスを主に取り上げていますが、一定の民主化と経済の発達した今の韓国社会の空しさを描きました。この3作で韓国の映画監督としてやるべき事はやったと思っています。韓国は小さい国なのでその中でばかりやっていては限界がある。今後は外に出て、もっとインターナショナルな作品を撮りたいと思っています。
(続きは明日)
この作品は12月22日より関西での上映が始まります。
2007年12月20日 07:00