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2007年12月22日
「風」師走のうた:片山通夫
かきねの かきねの 曲がり角
たきびだ たきびだ おちばたき
(巽聖歌作詞・渡辺茂作曲)
「たきび」という歌である。筆者はなぜか師走というとこの歌が思い出される。昨今は公害に認定?されて落ち葉焚きもままならないようだ。
▲この歌になんとなく師走のあわただしさの中でほっとするひと時を持つというゆとりを感じる。もちろん焚き火の中にはサツマイモがいくつも入っている。焚き火が暖かいのかサツマイモの焼けるにおいがたまらなく楽しみなのかいずれともいえない。
▲焼けるにおいといえば、石川啄木の短歌集「一握の砂」にこんなのがあった。
しんとして幅広ひろき街の
秋の夜の
玉蜀黍の焼くるにほひよ
この歌では「秋の夜」と歌われているが、筆者には、札幌の、今とはまったく違う開拓時代の札幌の「しんとして幅ひろき街」はなぜか師走の町を連想してしまう。きっと啄木は「秋の夜」とするほうが、玉蜀黍の焼けるにおいがおいしく感じるとでも考えたのだろうと、勝手に想像している。
▲師走といえば、クリスマスも思い出す。筆者はキリスト者でもなければ、宗教に詳しいわけでもない。しかし、街中が「クリスマス」という言葉、行事を受け入れているのに、筆者だけが知らぬ顔をするほど厚顔でも意固地でもない。いうなれば「一神教」でない宗教を国民の大半が受け入れているわが国の在りように「ほっとする」師走。
▲こうして新しい年を迎える準備をしてゆく師走・12月、子供の頃が懐かしい。大人になると「待ち遠しい正月」なんて気分はなくなる。特に「偽」を言う文字をもって表現される今年などは憤りを超えて情けなくなる。
大晦日には「歓喜の歌」を歌って一年を締めくくりたいものだ。
▲ところがここにきて、福田内閣の支持率が急落した。肝炎訴訟への政治的救済失敗、それに補給支援特別措置法の衆院再議決問題が越年国会をしてまでというかたくなな態度が支持を下げたという。また元旦には年賀状の配達を控える民営化後初の大試練が民営化を推し進めた自民党に待っている。「歓喜の歌」どころではなさそうである。
「もういくつ寝るとお正月・・・」
2007年12月22日 06:02