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2007年12月28日

本澤二郎の南京・上海・昆山日記(2):本澤二郎

[東京=「ジャーナリト同盟」通信提供] 
<迷子>
 語学の才能はないと信じ込んでいる筆者の一番の恐怖は、恥ずかしいことにそれは迷子になることなのだが、困ったことにこうした不安をまともに理解してくれる中国の友人などいない。何度も中国を訪問している日本人なのだから、それは杞憂にすぎないと思っているらしい。唯一の手段は、ホテルから散策するときなどには、必ずホテルのパンフのたぐいを持参することにしている。万一、迷子になった時は、それをタクシー運転手に見せればなんとか戻れるはずだからである。

 しかし、団体行動の場合だと油断して一切の証拠品も持参しない。第一、迷子になるわけがない。ところが、団体行動の記念館で生まれて初めて恐ろしい迷子の経験をしたのである。真っ昼間とはいえ心細いことといったら、簡単に表現ができないくらいである。宿泊しているホテルさえ記憶せずに飛び出してきたのだから。8000人の平和集会のあとである。混雑する記念館に入り、急ぎながら、それでいて大事なポイントをメモしながら見学しているうちにはぐれてしまった。このときは、たとえ迷子になっても入り口で必ず誰かに会えるだろう、会えなくてもバスの降りた場所に行けば、バスが待機しているはずだから、と判断して記念館を見学して回った。
 気付くと、待ち合わせの11時10分が迫ってきているではないか。足早に出口に出たが、誰もいない。少しばかり焦りが出てきた。やむなく平和集会の入り口から外に飛び出た。来場のさい、バスが止まった場所に急行した。なんとそこにバスはなかった。仕方なく記念館の周囲をぐるり一周したが見つからない。ああ、万事休す、である。途方に暮れてしまった。先ほどまでの市民の群れはなかった。小銭はあっても戻る場所を知らないのだから。
 どうしたらいいのか。慨嘆しつつ再び会場に入った。誰かいないものか。記念館の入り口に向かって歩いていると、一人いるではないか。このときの感動的気分をどう表現したらいいものか。南京大虐殺を日本に紹介した最初の人物で知られる本多勝一である。安堵した。二人が行方不明なのだから、きっと誰かが探してくれるに違いない。どうやら本多も筆者と同様に憔悴しているようだった。
 この著名なジャーナリストとは数年前、初めて会った。時事通信の名物記者だった長沼節夫の紹介である。長沼とは宇都宮徳馬の事務所ですれ違って知った。二人は長野県出身だ。今回、確認すると、高校の先輩と後輩なのだという。長沼は筆者と反対に友人作りの名人である。
 この機会に本多が、なぜ南京のとりこになったのかを聞き出すことに成功した。なんとベトナム戦争であった。米軍に従軍したのだ。ベトナム人の耳を切り落として土産にしている米軍兵士に驚愕したという。ベトナムにおける米軍の残虐な行為が「日本軍はどうだったのか」という疑問へとつながった。東北地方の取材の帰途、南京に立ち寄った。そこに米軍をはるかに超える母国の軍隊の正体を中国人から聞きだして、それを発表したのである。71年からのことだった。
 筆者は彼から遅れること18年である。89年5月に記念館に足を踏み入れた。中国青年報の徐啓新が案内してくれたのだが、彼の機転をきかせた旅の日程がなければ、いつここに来れたものか。奇縁・偶然が人生航路を決めるものなのだ。今回にしても、島根県在住の中国人技術者・魏亜玲が拙著「医師失格」(長崎出版)を手にしてくれたことによる。彼女の両親の最期もまた医療事故と関係があったからだろう。こうして彼女と南京大虐殺記念館のパイプが作動し、さらに彼女の勤務先の小松電機社長の支援を受けての、いわば押しかけ訪問となった。本多は違う。しかるべき人物として招待を受けていた。
 二人でおしゃべりしていると、関係者が探し当ててくれた。ようやく迷子から解放された。このときの感動はまた格別である。バスは別の場所で待機していてくれたのである。
<南京にも生体実験場が>
 バスで隣り合わせた元日本人女性教師が、自身の南京活動を聞かせてくれた。日本兵が南京に咲く紫の花の種を持ち帰ったという民話のような史実を絵本にした、というのである。なるほど立派な絵本を「見るように」と手渡してくれた。いろいろな平和交流があるものだと感心していると、ふいに前方の左手の病院を指して「あそこでも生体実験をしていたんですよ」と叫んだ。
 「まさか」と最初は信じようとしなかった。生体実験といえば、ハルビンの731部隊のことである。軍医である石井部隊長は筆者と同じ千葉県人である。人間をネズミのようにモルモットにして、生きながら体を切り裂く731部隊の極悪非道な所業にも、毒ガス散布と同じく東京裁判では罪に問われなかった。
 「私は直接、ここの病院で仕事をしていた元日本兵から聞き出したんですよ」との説明にとうとう屈してしまった。彼女はこの病院に足を踏み入れて確かめたのだと言う。彼女は善良な日本人なのである。
 4~5年前になろうか。小泉の靖国参拝で緊張がみなぎっていたころである。知日派最長老の肖向前が「歴史を鑑にしないと次々と過去が掘り起こされることになるよ」と警鐘を鳴らしたものだが、南京の生体実験病院のことも暴き出されようか。
<アイリス・チャンの両親>
 12月13日午後2時30分から「侵華日軍南京大屠殺史国際学術研討会」が始まった。「南京こそが日本右翼との戦いの場である」との手厳しいあいさつが主催者側(何理抗日戦争史学会会長)から発せられた。社会科学院の歩平は、固有名詞を伏せながらも読売のいかがわしい社説を非難した。
 IRIS CHANG(アイリス・チャン)をご存知だろうか。中国名は張純。有名な「ザ・レイプ・オブ・ナンキン」を執筆した中国系アメリカ人である。筆者はサンフランシスコでのシンポジウムで一度だけ会っている。背の高い美しい感じのいい若い女性だった。彼女の本を日本でも翻訳出版しようとしたが、右翼の圧力で出来なかったとの悲しい過去を報道で承知していた。その後、右翼の圧力を受けて神経を病んで無念にも自殺したとされるが、他殺説も消えていない。
 才媛の死を悔やんだひとりであるが、この日、彼女の両親も平和集会に参加し、今またこのシンポジウムで発言しているので驚いてしまった。父親の身長は高い。母親はなかなかの美人である。アイリス・チャンは両親のいいところを遺伝していたことが理解できる。
 彼女の本によって、欧米の社会では南京大虐殺事件が知られるようになった。大変な貢献である。彼女こそ祖国と正義を愛した華僑の一人なのだ。
 母親は「私は娘の夢を継承していく」という断固たるあいさつをした。さらに「娘の本が世界に影響を与えていることを知り、母親として驚いている。彼女の夢は南京の映画を作ることだった。亡くなる2年前から努力していたが、大虐殺の映画は次々に制作されており、今では安心している。しかも現在、アメリカとカナダで娘のドキュメンタリー映画が制作され、間もなく中国でも放映される。これで娘の魂はゆっくり休めるだろう」と締めくくった。
 しばらくして彼女の周囲はマスコミの取材で膨らんだ。母親のあいさつの内容に筆者も心の中で強く拍手した。一波は万波を呼ぶというたとえ話があるが、アイリスの一撃は巨大なうねりとなって世界に広がっているのである。
 シンポジウムが終わり、晩餐の席に現れた両親にお祝いの乾杯と記念撮影をすることが出来た。臨席にいた小松電機の藤井雅樹は元米国留学生だから、彼の通訳で少しばかり会話をすることが出来た。
<中国系カナダ人>
 今回のシンポジウムで抜群の活躍をして参加者を驚かせた人物は、中国系カナダ人夫妻だった。夫人の列国運は勇気のある理性的な女性である。「2001年3月からカナダ議会に働きかけてきた。中国・韓国・フィリピンの4人の従軍慰安婦を招いたりした。結果、最近になって、日本政府に対して被害者に正式に謝罪すべきだとする決議を議会が採択した。マスコミも大きく扱ってくれた。アメリカ・オランダについで3番目の国となった」といって胸を張った。
 2001年といえば、靖国参拝を強行した小泉内閣のころからである。彼女こそ運動の主役だったのである。筆者の目には「小泉のお陰」と言っているように感じられた。
 従軍慰安婦問題の火付け役・立役者というと、上海師範大学の蘇智良である。彼も参加しており、調査を始めて15年になると明かした。「2006年には慰安婦を100人も見つけ、現在大陸に46人が暮らしている」との事実も。サンフランシスコで教師をしていた女性は、副読本として南京や慰安婦問題を教えていると報告した。
 また、カナダ人活動家は南京の映画を制作し、それが10月から上映されて観客が殺到したことも報告した。「賞もいただいた」という。東京では報じられなかった情報である。
 シンポジウムは全体会議の後に分科会が開かれる。筆者の参加した分科会に夫妻が顔を見せたので、魏亜玲の通訳で問題の映画のことを尋ねてみた。その映画はアイリスの母親が発言したドキュメンタリー映画のことだった。「THE LAPE OF NANKING」(中国名・南京大屠殺)である。
 制作費は日本円にしてざっと15億円という。全て募金で集めたというのである。華人の実力とそのネットワークのすごさは、日本の右翼を圧倒している。たとえ日本財閥が右翼を支えているとしても、もはや太刀打ちできる相手ではないだろう。
 筆者が財閥の正体を少しだけ紹介する過程で「最近になってキリンビールを飲まないようにしている。理由は三菱だから」と解説すると、カナダ人がすぐさま反応した。「写真機のニコンもそうよ。いまニコンの不買運動を展開する準備をしている」と打ち明けた。これには驚いてしまった。ニコンが三菱系とは、まだ筆者は確認できていないのだが。中国の学者はあまりこうした内実を知らないでいる。戦争の元凶がなんなのかが、悲しいことにわからないからである。
 「ジャッキー・チェーンが三菱のCMに登場しているので、我々は出るな、と圧力をかけているところだ」というカナダ人の発言にも仰天してしまった。「死の商人」と結びつく財閥への反発もまた、世界的広がりを見せている。自由社会で生きる華人の活動と力が、今後とも強まることがあっても弱まることはないだろう。
<演劇と再会>
 13日の夜、南京芸術活動中心という劇場で大虐殺に関係する演劇を観賞した。それもこれも魏亜玲のお陰である。何もかもが彼女の世話で南京を訪問できたのだが、しかも彼女によってシンポジウムの様子も理解できた。分科会でのカナダ人とのやりとりも、彼女のたぐいまれな通訳の賜物である。
 そして劇場でも彼女の小声による通訳によって演劇のあらすじを理解することができた。改めて感謝したい。
 それは日本軍の猛攻によって、あえなく陥落した南京で生活する外国人が中心になって安全区を立ち上げるクリスチャン女性をヒロイン役に登場させ、そこでの日本兵の蛮行を露出させる。日本軍に屈服して性奴隷になる女性市民、日本軍に協力する市民の苦悶、キリスト教徒の日本兵が懺悔する場面など、教会を軸にした虐殺事件をからめての人間模様を、見事に演じている作品だ。現実にはほど遠いものだが、それでもすばらしい照明技術を駆使した芸術性の高い演劇であった。張純の両親も観劇していた。4月から行われているという。
 帰りのバスに白人の夫妻が乗っていた。藤井の通訳で正体が判明した。デンマーク人で夫人の叔父さんが、南京のセメント工場で働いていたという。「叔父さんは現在、92歳で当時の記録を保管しており、亡くなったときに公開したい」との希望を漏らしていた。南京の証言者や証拠は世界に多く散在しているのである。
 13日の未明に魏亜玲が電話をしてきた。「王新華が会いたい、と言ってきている」というのである。もう遅い。昼か夕食後にどうか、といっても聞き入れない。仕方なく会うことにした。
 むろん、王新華は懐かしい人物である。北京の盧溝橋にある抗日戦争記念館の館長をしていたのだから。久しぶりの再会だ。彼は酒が強い。豪傑のような人物でもある。それに少数民族(タオル族)の出身である。父親が日本の陸軍士官学校を卒業している。むろんのこと、日本軍の暴走に対して反発、中国軍に入って活躍したことで、息子である彼の今日があるのだろう。とはいえ文化大革命では相当苦労したはずである。
 タオル族の人とは東北を旅したとき、流暢な日本語通訳が「私はタオル族」といったのを記憶している。美男美女が多い民族である。満州族に近い民族なのか。彼は既に酔っていた。率直に話しかけてきた。学者による持って回った無意味な議論ではなかった。通訳していた魏亜玲が驚いた。彼女は、表面上の議論しか知らない善良な人間だからである。
 彼は具体的なことを取り上げた。「OOO自動車のCMにこんなものがあった。車が山の前に来れば、必ず道がある。OOO車があると、必ず道がある。このCMは傲慢すぎないか。日本人は無神経すぎるよ」と指摘した。OOOを日本とか日本人に差し替えると実感が湧こう。もっともである。日本企業も日本人も、まだ国際化していないのである。相手の立場を考えない民族に、国際社会における信頼を築くことはできない。
 台湾問題は中国人の誰も関心が強く、深い。彼は「清朝は台湾を奪われて崩壊した。この教訓は今も生きている」と指摘したことも興味深い。日米の右翼は、この言葉をしかと噛み締めるべきだろう。
 茶をすすりながらおしゃべりしていると、時計の針は13日午前1時30分を指していた。魏亜玲にまたしても迷惑をかけてしまった。
2007年12月28日記(27日夜、パキスタンのブット元首相が暗殺された。真犯人は誰か)

2007年12月28日 16:28

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