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2007年12月30日

この一年、この一冊 常本 一

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  「高校生平和大使 ビリョクだけどムリョクじゃない!」
(監修:高校生1万人署名活動実行委員会 TEXT:高比良由紀 COMICS:西川 操  
                                         長崎新聞社 2007年6月)

 「これはスゴイ! 長崎モデルだ。阪神大震災時のボランティア革命に匹敵する。みんな、この本ば読まんね!」―。本書を読了して、

           心の中でそう叫んでいる自分がいた。(熱心に読んだので長崎弁がうつってしまったが)
 本書は1998年から毎年、長崎より国連に派遣される「高校生平和大使(ナガサキ・ピース・メッセンジャーズ)」を中心とした、高校生たちの平和活動の10年の記録である。ことの発端は1998年のインド・パキスタンの核実験。それに対するナガサキの平和運動には、被爆者の高齢化、被爆体験の風化など閉塞感が漂っていた。そこで「なんとかしなければ」という思いが「高校生を国連に送って被爆地の声を届けよう」となる。最初、周囲の反応はさんざん。「砂漠に一滴の水を注ぐような活動」、「原爆も戦争も知らない若者に何ができるか」、「大人が操っている」。
 ところがどっこい。高校生たちはすごいパワーを見せる。若さゆえにどんどん自己増殖を始める。第1回大使派遣の3年後、高校生14人が参加し、高校生1万人署名活動が始まり、その反核平和を願う署名簿を持って、数人の平和大使たちがジュネーブにある国連欧州本部に届けることになる。もちろんそれだけにとどまらない。OB・OGが各人、それぞれの地で平和運動を組織すれば、平和大使の選にもれた高校生たちは自費で参加する。名づけて「高校生平和使節団」。
 派遣先も関心の領域もどんどん増える。フィリピンやアジアの子どもたちに鉛筆や文具を届ける「高校生1万本えんぴつ運動」。それがまた増殖して「高校生アジア子ども基金」に。アウシュビッツで加害について考えることもあれば、被爆者とともにニュージーランドに行くことも。ついには世界194カ国・地域の指導者に英文で手紙を書いてしまった。曰く、「わたしたちの活動に協力してください!」―。いやはや、恐れ入ったパワーである。若い細胞は分裂して大きくなる。分裂をくり返して衰退していった既存の平和運動体となんと対照的なことか。
 周りの大人たちもステキだ。つかず離れずサポートする。被爆二世の使命感に燃える世話人・平野伸人さん。ニューヨークよりもジュネーブに行くことをすすめた国連の石栗 勉さん。大使たちを快く受け入れ、自らを「心の被爆者」と呼んだ国連欧州本部のE・R・モレーさん。そしてチャリティコンサートなどで大使たちの派遣費用を支援した多くの音楽家たち。本書の主役は高校生たちなので周囲の大人たちの記述は少ないが、高校生たちをのびのび活動させる、そのサポートがどんなにすばらしいものであるかは容易に想像できる。(本書を私に贈ってくださったのも77歳の池田オチホさん。本書出版の協賛者にも名を連ねておられる方である)
 実は私は平和運動が大キライであった。私が高校生の時、原水禁運動は四分五裂していて互いに相手を非難しあっていたからだ。平和組織がケンカ? その矛盾が高校生だった私の平和運動への純粋な気持ちをどれだけ傷つけたことか。しかし、今の長崎の高校生たちはそうは感じていないようだ。上述の池田オチホさんによると、彼らの平和学習は「肩の力をぬいた、誰でもどこでも実行できる、そして永く続けることのできる」形態だという。この違いはなぜ起こったのだろう。
 本書を読んでその疑問が氷解した。本書によれば「高校生平和大使」のルーツは「ながさき平和大集会」なのだという。その「大集会」とは、長崎平和推進協会理事長だった故秋月辰一郎さんらが、原水禁運動の分裂などで平和運動が低迷している状態を打開しようと1989年7月にスタートさせたもの。そのコンセプトは「市民だれもが自由に参加できる平和活動」であった。つまりそれがルーツだったのだ。長崎の運動には高校生たちを自由にのびのびと育む素地があったというわけである。
 さて、冒頭の「長崎モデル」とは何か。「高校生平和大使」のような成功例を、ただ長崎の特殊性だけに帰してしまうことは、外部から客観的に見ることのできる私にとっては、あまりにも怠慢に過ぎるように思われる。高校生のパワーと団塊の世代の老練な指導力との合体。この形は、仕事に追われてきた団塊の世代がそれから解放され、余裕を持って社会に目を向け始めるという、次代の成熟社会における社会運動の一形態を示している可能性があると私は考えている。それが「長崎モデル」というわけだが、その当否に関しては、読者諸氏に本書を一読してじっくりと考えていただきたい。(もちろん、そんなムツカシイことでなくても高校生たちの痛快な活躍ぶりだけでも十分楽しめる書だが)いずれにせよ、私は今後も「高校生平和大使」に注目し続け、徹底的に理論化を試みていくつもりだが、本書はそのためのバイブルであることだけはまちがいない。
 本書は本自体としての魅力も持っている。奇抜なカバーデザイン。目次の縞模様も新鮮。挿入写真も高校生たちの実にいい表情をとらえていて、まぶしいくらい。西川 操さんのコミックもわかりやすく楽しいし、コミックだけで内容がほぼわかるくらい充実している。執筆者の高比良由紀記者も盛りだくさんの内容を実にうまくまとめていて、読みやすい。けれど、高校生たちの増殖があまりにすごいので、各組織・団体の相関図・系統図のようなものがあれば、さらにわかりやすかったかもしれない。
 私は本書を読むに際して、登場人物たちのステキな言葉にはその都度フセンを付けていたのだが、それがすぐには数え切れないくらいに増えてしまった。最後にそのほんの一部をご紹介して、この書評を締めくくりたい。
・第1回平和大使の森川真衣さん。
 「核兵器の保有国は、敵から自分を守るために核が必要だと信じています。でも敵とは誰でしょう。核兵器それ自身が敵なのです」
 「(被爆者の)出口さんが話の途中、突然、涙を流し始めたのです。…今まで被爆者の体験を認識していたつもりだったのに、出口さんが涙を流したことで、原爆って本当に現実に起こったことだったと心から感じたんです」
・第8回平和大使の山田詩郎さん。署名簿を手渡されて。
 「うわっ、重い。みんなの思いがこの重さだと思って、国連に伝えてきます」
・第8回平和大使の平湯あゆみさん。
 「実際の被爆体験がない若者にとって、想像を絶するほどの被爆者の痛みそのものを伝えることは難しいかもしれません。しかし、被爆者の方々が自らの体験から生み出した恒久平和という教訓はわたしたち若者も語り継げるものであるし、語り継いでいかなければいけないものだと感じています」
・国連のE・R・モレーさんの前でスピーチした高校生たち。直前までドキドキなのに。
 「自分だけの意見じゃない。みんなの意見を代表しているんだと思ったらぜんぜん緊張しませんでした」「英語苦手だったのに言葉が勝手に出てくるんです。覚醒したって感じ」
・国連のモレーさん。平和大使のスピーチを聴いた後で。
 「あなたたちは(核兵器廃絶を求める)シンボルだ。わたしたちを助けてほしい」
 「皆さんのような若者が生まれたことが、わたしが国連で働いてきたご褒美だ」
・平和大使と行動をともにした大人たち。
 「行く前はキャピキャピーってしている若者達が旅の間にどんどん顔つきが変わっていくんですよ」「自分の言葉で話すようになるね」
・多くの平和大使との旅に同行した門 更月さん。
 「初めのころの『平和は大事』『核兵器だめ』という意見から、『どうやったらなくなるか』、『どう行動していくか』、10年の継続の中で考えが深まっている。継続は力ですね」
・そして、最後はやっぱり、高校生全員。
 「微力だけど、無力じゃない!」

2007年12月30日 19:57

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