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2008年01月28日
軍縮3月号「海外平和情報」 : 長沼節夫(ジャーナリスト)
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韓国・済州島「4・3事件」60周年で現地慰霊祭へ真相究明はまだ道半ば
[東京=「ジャーナリスト同盟」通信提供]日本の植民地から解放され、独立して間もない1948年、韓国南端の島・済州島(チェジュド)で起きた「済州4・3事件」。発生から今年で60周年になる。4月に現地や日本で慰霊祭が営まれるのを前にいま、日韓両国でさまざまな学習会が開かれている。蜂起は4月3日、左派勢力主導の「武装自衛隊」が島の警察や右翼青年団を襲撃して始まった。背景には前年から深刻となっていた米軍と左派勢力の対立、右翼団体「西北青年会」による住民への挑発行為があったとされる。これを機に軍・警・右翼青年団による凄惨な住民虐殺が島内各所で行われ、翌年までに3万人近い犠牲者を出し、一部では54年9月まで6年半も続いた。これら一連の事件の総称して「4・3事件」と呼ぶ。
「4・3事件」の悲劇は殺された島民の多さもさることながら、事件の真相究明や行方不明者、被害者の実態調査を求めること自体が、長くタブーとされてきたことだ。長年続いた反共軍事独裁政権下で、事件犠牲者に「アカ(共産主義者)」の烙印が押されてきたからだ。
それが80年代後半からの国内民主化で打開された89年になって初めて慰霊祭が行われ、地元新聞社による事件の真相調査が始まった。金大中氏政権下の2000年1月、「済州4・3事件真相究明および犠牲者の名誉回復に関する特別法」が制定・公布され、同年6月からは事件犠牲者の申告と認定作業が始まった。翌01年には真相調査報告書作成委員会が発足し、盧武鉉政権に代わった03年10月に同報告書が完成。これを受けて同月、盧大統領が、「国政責任者として、過去の国家権力の過ちを認め、遺族と済州島民に謝罪と慰労の言葉を送る」との大統領談話を発表した。次いで06年には大統領自身、現地「4・3平和公園」で営まれた慰霊祭に国家元首として初めて参列し、改めて謝罪を表明した。
だがこれで事件は「一件落着→幕引き」となるのだろうか。いや決してそうではない。
第一に推定犠牲者数と申告・認定数が余りにかけ離れていることだ。韓国政府はこれまでに第一次申告から4期にわたって、「関係者は申し出を」と呼びかけ、申告窓口を大使館・領事館など在外公館にまで広げた。しかし07年11月の第4次までに認定できたのは、死亡者1万0734人、行方不明者3921人、後遺障害者207人、受刑者233人の計1万5095人。つまり推定死者の半数だけなのだ。勿論、事件から60年を経て、当時の被害者の多くは世を去り、その遺族も両親が殺されたために一家が離散したり、または全滅した家族がおびただしく発生したことは容易に想像がつく。
第二に、虐殺被害者や埋葬された遺体が現在も次々に発見・発掘されている段階でどうして犠牲者の確定ができようか。08年1月に「60周年事業実行委員会」(金石範ら共同議長)が東京・明治大で開いた学習会で「同事件真相糾明の現段階」と題して報告した村上尚子氏(津田塾大大学院博士課程)は現地留学し、発掘作業に参加した際のスライドを上映した。同氏によれば発掘遺体の特徴やDNA鑑定などで人物が特定できたものはごく僅か。しかも官憲による虐殺現場は、ほぼ香川県と同じ面積の済州島全域に広がっているとして、村上氏は地図で示した。事件の真相究明はまだ、道半ば、なのだ。
それにしても事件を語ること自体がタブーとされ、事件を話題にするだけで身に危険が及ぶという軍事独裁期間が余りに長すぎた。しかし我々日本人は、真相解明の遅れを決して笑うことは出来ない。日本は植民地下に置いたこの国で、1919年、「3・1万歳事件」(韓国では3・1節または同独立運動と呼ばれる)を引き起こしている。植民地化10年の節目に朝鮮全土で日本からの「独立万歳」を叫ぶデモが発生したのを、日本官憲が激しく弾圧。死者7500人、検挙者4万6000人を出した事件だ。筆者はかつて同事件で多数の村民が日本兵の手でキリスト教会に押し込められ、焼き殺された「虐殺の村」京畿道堤岩里(キョンギド・チェアムニ)を訪ね、犠牲者の夫人にインタビューしたことがあるが、一番辛かったことは、夫が若くして虐殺された、その事実と悲しみを、周囲の人に洩らすこと自体が「反日的言動」として取り締まられ、監視されていたことだと語った。この女性が人前で夫の遺影に涙することが出来るまでには、事件からなお26年余を待たなければならなかった。本稿ではこれ以上、触れる紙数が残されていないが、「済州島4・3事件」のきっかけは、実は前年の「3・1節」のデモに軍警が発砲して、住民に犠牲者が出たことにあったという。(文京洙著「韓国現代史」・岩波新書)「4・3事件」も決して、日本と無縁ではなかったことになる。
前記実行委は4月2日の現地前夜祭、3日の同慰霊祭に続けて、19日大阪・クレオ、21日東京・日暮里でも記念行事を開く。問い合わせ先は電話03-5689-4070新幹社。(了)
2008年01月28日 23:46