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2008年01月30日

本澤二郎の映画評論「胡同の理髪師;本沢二郎

[東京=「ジャーナリスト同盟」通信提供]:
 さる1月25日、日本記者クラブでの中国映画「胡同の理髪師」の試写会を覗いた。日本の映画を見なくなって大分経つが、中国映画はいい。

 以前、モンゴルを舞台にしたものもよかったが、これは実在する93歳の老理髪師のありのままを活写したものだ。しかも、舞台は北京のど真ん中にある胡同(フートン)である。英語名は確か「THE OLD BARBER」。10階大ホールが満席になった。この手の中国映画の人気は相変わらずである。
 胡同こそが北京であり、中国と信じている日本人は多い。北京の味・ぬくもり・人情は、拝金主義が横行する現在も、ここにはまだ残っている。庶民・本物の中国人が生きている街なのだ。
 高層建築物と自動車の騒音・排ガス公害も、細長い路地をゆったりと三輪自転車をこぐ主役・陳じいさんが登場すると、空高く吹き飛んでしまうようなのだ。快適な冷暖房完備の広い高層マンション生活も、形無しではないか。
 カメラは、決まって目を覚ます朝6時の陳さんを映し出す。彼の手は、まるで機械人形のようにスーッと傍らの時代物のゼンマイ時計に伸びる。毎日5分遅れる時間を直すところから、1日が始まる。柔らかい銀髪に櫛を入れると、準備OKである。
 昔は夫婦そろって理髪店を開業していたであろうが、今は出張理髪師である。自宅から胡同の路地に出るのには三輪自転車ほどの幅しかないのに、住み慣れた陳さんは曲芸師のように巧みに乗りこなすのだ。見ていた拍手したくなる。お得意さんは皆昔なじみだ。うらやましいくらいの切れ味で、老人の硬い髭をそり落とす陳さんに、ファンは亡くなるまでしがみついて放さない。12歳からの81年の手さばきに頼りきっているのである。しかも手間賃5元。
 筆者も中国に行くと必ず床屋の世話になる。大学の床屋も安い。北京の外交学院では感じのいいオバサンで、5元札を出したらおつりを押し付けてきた。上海の同済大学は5元。ただし、いずれも散髪だけである。10分もかからないのがうれしい。最近はどこも電動バリカンだから速い。一度だけいやな思いをしたことがある。北京大学留学中の息子と王府井(ワンフーチン)近くの胡同入り口の床屋に入ったら、100元も請求され、これには息子もカンカンに怒りだしたものである。10年前だった。
 陳さんは午後にはマージャンで頭を使う。痴呆防止策である。その前に北京で一番おいしいモツ料理店で食事をする。ガラス窓から湖水が見える。ハテ、どこかで見た覚えがある。近くの鼓楼が現れて、急に懐かしさを覚えた。2年前、北京外国問題研究会のシンポジウムが行われたさい、近くのホテルに泊まったのだ。そこに中国社会科学院日本研究所の友人が訪ねてきてくれ、この湖水に面した古風な中国式喫茶店に入ったのだが、ひょっとして同じ場所ではないのか。
 人間はいずれ一人で旅立つ。哀愁も伝わってくる映像だが、主人公の言葉は振るっていた。「生に執着しないことさ」。いい映画だ。      2008年1月30日記

2008年01月30日 21:33

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