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2008年02月29日

「医師失格」の小さな反響(13):本澤二郎

[東京=「ジャーナリスト同盟」通信提供]

<11年ぶりに歯の治療>
 正文の歯を治療することが、最近になってようやく実現した。歯医者の往診があることを知り、試しにかかりつけの医院に声をかけてみたら、なんと応じてくれたのだ。

 11年目の快挙であるが、考えてみれば情けないし、息子に申し訳ない気持ちでいっぱいである。彼の病気の原因は、どう考えても虫歯からばい菌が脳に入った可能性が高い。それなのに、今まで気付かなかったとはいえ、病院並みに放置してきたのだから。情けない父親であろうか。
 6年もの入院中、大学病院内に歯科があったのに主治医は一度も対応してくれなかった。家庭介護になっても、食事をさせることが一番大変で、運良くむせることが少なく流動食を飲み込んでくれると、それが家族を唯一安心させてくれる。今もその延長線で格闘している。
 無駄口を一切しないベテラン歯科医は、それこそ11年ぶりに虫歯だらけの歯茎に薬を塗ってくれた。数日前のことだ。来週も来てくれて、より本格的な治療をしてくれるらしい。入院中の正文は歯軋りばかりしていた。上前歯で下唇を噛んでいたので、今は半分なくなり、下前歯も大きくゆがみ、かつ消滅寸前である。意思を伝えられない無念の仕草がそうさせたものか、いかにも痛々しい。生きるか死ぬかの病床では、無知そのものの家族には全て医師任せ。打つ手などなかった。恐らく医師もわからなかったのであろう。彼らにとって、生きている正文それ自体が奇跡だったらしいのだから。
 ともかく、歯科医の往診は新たな前進に違いない。ただ、入院以来、鼻と口が逆転したままだ。治療に合わせて口の開閉をしてくれるのか。閉じられると、治療そのものが不可能になってしまう。これで安心というわけではない。今日は便秘して4日目だ。下剤の効果が現れるのか。
<伊藤さんの陳述書>
宮城の伊藤さんから、多分控訴に向けたものであろう陳述書のコピーを送付してきた。筆者も一度弁護士に「書きなさい」といわれて書いたことがある。一度きりである。使用にいたらなかったが、それゆえ好ましいものなのかどうか、の判断ができない。
 印象では、とても柔らかい文面だった。人柄だけではない。追い詰められた弱者の立場を、弱々しく法廷に向かって哀願しているようなのだ。内心、腹が立ってしまった。こんなにも弱いものいじめする司法に対して、である。相手は宮城県である。お上に従属する司法であるからなのだ。主権者である市民よりも、国や自治体を擁護するだけの裁判所なのかと怒りを覚える。
 早ければ数年経てば、その理由が判明しようか。裁判官の身分がどうなっているのかで、証明されるであろう。自己保身の裁判官だらけの日本でいいのか。政治に左右される司法では、三権分立も絵に描いた餅ではないのか。
 ならば政治を変えるしかないのか。確かに肝炎裁判に変化が出た。昨年7月の参院選の偉大なる効果である。同じ勢力が権力を担当するとなると、これは独裁だ。独裁社会では行政も司法も硬直してしまう。国民・市民から目をそむけてしまうのだ。誰もが自己保身に徹してしまい、正義や公正さは二の次にさせられてしまう。伊藤さんと宮城県の裁判には、こうした思いがしてならない。
 自身「印象を悪くするといけないので」とFAXしてきた。「北口弁護士が近くにいたら」といって嘆いた。「思い切って北口弁護士に相談してみます」とも書いてあった。少しずつ勇気を出しているのである。

 松葉杖の岡山県の佐藤さんは「風邪がなかなか治らない。娘にもうつしてしまった」といって電話をくれた。それでも、新たな勇気で一歩前に出るという。
 医療過誤は家族全員を巻き込む。本人で済まない。だから大事件なのである。こうした認識が裁判所や病院・医師に不足している。行政も政治も、である。ましてや病院と担当医の傲慢な対応に、家族はへとへとになってしまう。家族はそれぞれが、かからなくてもいい病気をしてしまうことになる。これらの被害もたたごとではない。
 したがって、真実を明かし、謝罪するという医療文化が、どうしてもこの日本に根付かせる必要があるのである。そのための小さな活動を、筆者らはおろそかにせずに努力している。伊藤・佐藤さんらも、そうした大事な目標に向かってのものだと信じたい。だからこそギブアップしないし、できないのだ。人間性のある医師を誕生させて、うそと隠蔽に酔いしれる医師と交代させるうねりを生み出すことが、いま大事な作業ではないのか。

<滋賀県立視覚障害者センター>
 長崎出版の鈴木さんが連絡をくれた。滋賀県の視覚障害者センターが「医師失格」をテープに吹き込んで、目の見えない人たちに聞かせる準備をしているという。拙著に登場する人物が皆言葉で紹介されるのだ。だから固有名詞にルビを振って欲しいとの依頼だ。すぐさま送り返した。
 一人誤字を見つけてくれてもいた。山内俊夫参院議員を一夫と間違えていたのだ。お詫びして訂正したい。再版の機会があれば、訂正できるだろう。
 以前、東京のある区立の施設も同様の要望がきていた。正文の体験で勇気付けられる人たちが、間違いなくこの日本にいるのである。正文の悲劇を病院で知って、同じような患者を助けた有能な医師がいた。昨年、本を読んだ自殺寸前の母子が「生ある限り生きる」と電話をくれた。
 正文は屍のようにベッドに身を横たえながら、既に何人もの命を救済しているのである。親としてこんなにうれしいことはない。そして多くの障害者にも、彼らの耳を通して正文の壮絶な体験が、勇気を与えようとしている。
2008年2月28日記

2008年02月29日 00:26

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