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2008年03月30日

<ジャ同エッセー>イラクと米国を地獄の釜に投げ込んだブッシュ「最悪」大統領/去年の米兵死者1000人全員を並べた紙面に胸迫る:長沼節夫(ジャーナリスト、写真も)

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(写真)4ページにわたって1年間の米兵死者の写真を掲載したニューヨークタイムズ。
「東京=[ジャーナリスト同盟通信」提供]某紙に数字にまつわる600字エッセーを書いているが、最近図らずも「イラク戦争」が続いた。

数字その①=4000人
 イラク戦争の開始(03年)5周年を3日後に控えた3月16日、米国のAP通信は「イラクでの米兵死者4000人目前」という記事を流した。19日現在ではさらに2人増えて3990人となった。1000人目は開戦から1年半後の04年9月、2000人目は05年10月、3000人目は06年暮れに記録した。年間平均すれば798人。これを多いとみるか少ないとみるか。朝鮮戦争(1950-53)の年平均1万2300人、ベトナム戦争(1963-75)の4850人に比べればずっと少ないことは確かだ。しかしこれらの戦争では米軍は時に敵と遭遇して激戦を交えたこともあった。これに対しイラク戦争では圧倒的な米軍の現代兵器を前にして武装勢力は、勝ち目のない正規戦などはじめからあきらめて、パトロール中の米兵を小人数で待ち伏せ攻撃したり、人ごみの市場やレストランで自爆テロを実行したりで、死者は最近では一人か二人といった「小口」である。典型的な小規模ゲリラ戦なのだ。しかしこれは一種の神経戦で、米兵たちは1日24時間、いつ災難に出くわすか分からない敵に常時怯えていなければならない。これはかつて中国共産党の毛沢東が抗日戦で採用した「持久戦論」とそっくりだ。さてこれからどうする。「それは今年11月の大統領選で民主党が勝つか、共和党が勝つかによる」(AP電)というのだから、当面身動きが取れない。なおこの5年間で米兵以外の有志連合軍の死者は19日現在、英国の175人を含む20カ国308人。

数字その②=5周年
 「イラクの大量破壊兵器の開発・保有は世界の脅威だ。これらがテロリストの手に渡って米本土で使用される恐れがある。イラクへの先制攻撃は米国の安全を守る自衛戦争だ。これはフセインの圧政からイラク人民を解放する正義の戦争でもある」。03年3月19日(日本時間20日)米国のブッシュ大統領はこのように演説し、米軍に対しイラク侵攻を命令した。今日まで続く泥沼のイラク戦争の始まりであった。それから1ヵ月余りたった5月1日、同大統領は米戦艦上で「イラクでの大規模戦闘は終わった」と事実上の「勝利宣言」を行って胸を張った。しかしそれは本格的なイラク戦争の始まりに過ぎなかったことは、ご承知のとおり。翌04年10月、米国のイラク調査団は、「大量破壊兵器は存在しなかった」という最終報告書を作成した。ではこれをもって「開戦の大義」としたブッシュ演説は一体どうなってしまったのか。開戦に先立って、「我々はイラクが大量破壊兵器を持っていることを示す証拠を持っている」と国連安保理で演説したパウエル国務長官(当時)は後に、「あの演説は私にとって人生最大の恥辱となった」と語った。ブッシュも05年末、「情報に誤りがあった」と渋々認めた。

 あれから間もなく5年。米国はじめ世界各地で「長すぎる5年抗議集会・デモ」が行われる。そうそう開戦直後、「米の武力行使を理解し支持する」と述べたのは小泉首相だ。日本もまたこの泥沼の責任を負う。(長)


 さて「開戦5周年」のその日、しかし米国内各地の反戦デモは予想に反して非常に小規模だった。数千人規模のデモ行進が実現したのは僅か西海岸のサンフランシスコのみで、首都ワシントンでも数百人。開戦前や1周年の抗議では数万人が集まったのに、である。米国で唯一の「全国紙」といわれる「USAトゥデー」20日付は前日の反戦デモについて、まるで、人数がまるで集まらぬのを笑っているのではないかと思うように報じていた。
いわく「ニュージャージー州トレントンでは州議事堂まえに75人が集まって、イラク参戦中の息子やイラクで死んだ息子のの写真を掲げて反戦スローガンを叫んだ。/バーモント州バーリントンでは学生30人が・・/アイオワ州デモインでは12人が募兵センター前で気勢を上げ・・/マイアミでは6人が米軍南部司令部に押しかけ・・」といった具合に書かれ、それは読んでいるだけ腹立たしくなるのだ。反戦グループが今回、集まりの悪い理由を同紙の記者に、「記念日の19日は水曜日で、勤務のある人が抜けられる日ではなかったし、全国的に悪天候だったし・・」などと語っていた。確かにそれもあろう。実際、集会を週末の22日土曜に設定したニューヨークでは数千人が集まったと言うのだから。

しかし「イラク開戦5周年」の抗議デモが多数の参加者結集に至らなかったのは、デモ疲れが出ているのに加えて、全米が今、「ブッシュ後」の大統領選の真っ只中にあることが最大の要因だと思う。これだけの厭戦気分の中で、戦争継続を主張する共和党マケイン候補が当選することはまずあるまい。民主党はヒラリー・クリントンにせよバラク・オバマにせよ、イラク撤収方針を打ち出しているのだから、今は唯、ブッシュ時代が早く過ぎ去るのをひたすら待ちわびているのではなかろうか。

ところでイラク米兵死者は3月23日、遂に開戦以来4000人に達した。米紙「ニューヨークタイムズ」は25日付で4ページにわたって昨年1年間にイラクで死んだ米兵1002人のうち、顔と写真が一致した1000人の顔写真を掲載した。ほとんどがまだ少年らしさを残した若者たちだ。女性兵士の死者も少なくない。
ほとんど米国民をペテンにかけるみたいな演説を繰り返し、イラク開戦をあおっていったブッシュ大統領の罪深さをこれらの写真が告発しているように、筆者には見えるのだが、当のブッシュはどこ吹く風といった風で、4000人到達日、「一人一人に祈っている。また遺族たちからは、息子の死を無駄にしないよう益々頑張ってと励まされている」と語った。絶対に許せないブッシュ!(了)

2008年03月30日 00:39

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