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2008年03月30日

日曜書評欄簡単レビュー:三室 勇

日曜日の定期コーナー、朝日、京都、日経、毎日の4紙から。
『論座』4月号で、「理想の書評」を求めて、という特集をしている。欧米には「タイムズ・リテラリー・サプリメント」とか「ニューヨーク・タイムズ・ブックレビュー」など分厚い書評紙が毎週でている。評者に一流を揃え、文章量も日本の新聞書評に比べ格段に多い。

各分野の本を取り上げて読み出があるつくりだ。そうした紹介のなかに、「書評はニュースであり、コラムである」という言葉があった。そう思う。この欄もそのつもりでやっている。

本田由紀『「家庭教育」の隘路 子育てに強迫される母親たち』(勁草書房、2100円)、朝日(評者・北田暁大)、京都(宮本まき子)、日経(広田照幸)の3紙で取り上げている。著者は『ニートって言うな!』を以前に共著で出している東大の教育社会学の先生。最近、国に頼るな、自助努力、家庭教育が大事という風潮が強い。いま子育てしている母親たちは実際にどんなところに置かれているのか。著者らは39人の母親を対象にしたインタビュー調査と1890組の若者・母親ペアの質問紙調査をもとに分析したのが本書である。
評者の1人、北田(社会学)は「『家庭教育って言うな!』と言うための根拠を探究」したもので、「家庭教育を無責任に奨励し、子育てに関わる困難・課題を母親や家庭に丸投げするのではなく、子どもの社会化を『公共的に家庭外の社会で広く担うものとしていくこと』。それは、母親たちの無節操な自己責任論から救出することにほかならない」と書いている。宮本(家族問題評論家)は「労働雇用問題を専門とする著者は、『少子化による労働力不足の補充を女性に期待しながら、次世代が社会人になるための能力形成を公的な政策や制度を整備しないで私的な家庭に頼る矛盾』を指摘」と本書を紹介する。広田(教育社会学)は、インタビュー調査からは、母親たちが手持ちの資源を目一杯使って懸命に子育てしている姿が浮かび、質問紙調査からは、小学生の頃の子育ての仕方の違いが、その後の地位達成や親子関係、若者のパーソナリティーにどう影響するかが綿密に検討されていると評価している。宮本評に、家庭教育「きっちり」組の子は学歴、就職をゲットしていても、「のびのび」組に比して、コミュニケーション能力や自信や積極性といった生活満足度「ソフト」では負けているという。このへんが子育てで一番気になるところだ。

松木武彦『列島創世記――旧石器・縄文・弥生・古墳時代』(全集・日本の歴史第1巻、小学館、1995円)-毎日-、評者・藤森照信。新企画の「日本の歴史」シリーズだ。著者は1961年生まれ。冒頭に自分の歴史観を書く。史的唯物論の敗因は人間の心の問題を軽く考えすぎた。だから著者は人間の文化、宗教など「心の科学」を重視する。次いで、農耕など生産力の発展という大出力エンジンだけでなく、気候、植生など自然環境との対立、妥協を重視する。もう1つ日本を現在の枠組みから考えず、人類史のなかの日本列島から綴る。著者が注目するのは円、環状である。3万年前(旧石器時代)の日本列島では円い住居が環状に配置され、中心に広場をつくっていた。その広場に穴を掘り死者を埋葬していた。旧石器、縄文(新石器)を貫く住居環状配置は、人々の平等性を図形化したものではないのか。評者は、この解釈が普通すぎると反発し、目からウロコの解釈はないものかと、自説を展開する。環状といえば、ストーン・サークルは世界中に分布している。ストーン・ヘッジも三内丸山遺跡の大列柱も日の入り日の出に関係している。生者の住まい、死者の住まい、円、立柱、太陽と、古代の人々の想像力が1つに収斂していく先に見えるものは何か。古代人の想像力のダイナミズムを取り戻すことは、劣化した今の時代の想像力に活を入れることになるだろう。岡本太郎が縄文の火焔型土器に驚嘆したことを思い出す。歴史を知ることは今を知ることでもある。

野村純一『昔話の旅 語りの旅』(アーツアンドツランツ、2730円)-毎日-、評者・池内紀。著者は口承文芸学で知られ、日本の昔話の採集に努め、昨年72歳で亡くなった。その置きみやげといった本。70年代半ばから20年間に綴られた24編が収録されている。これは最後の昔話の採集本かもしれない。評者は昔話の「崩壊」について語る。失ったものは何か。「昔話に特有の表現のリズムは、記憶の蓄積と地に根ざした里の暮らしがやしなったものであって、話がくり返し再生するのも聞く者たちの絶妙な合いの手があってのこと」、こうした安堵できる空間、関係を私たちはうしなったということか。後半の語りの旅ではインド、中国の昔話の変容が語られている。

井上ひさし『ボローニャ紀行』(文藝春秋、1250円)-毎日-、評者・渡辺保。井上さんは空港到着早々に、持参してきた大金を盗まれる。オロオロ気分で、イタリア暮らしが長かった奥さんに電話すると、「イタリアを甘く見てたわね」。イタリアでは潜水艦が丸ごと盗まれるんだから。その艦長よりはましだと思ったら、よく眠れたというのが出だし。ボローニャというところは古いものを大事にする。建物も町並みも壊さず保存する。このボローニャ精神は、町を愛し、自分たちの日常を大切にすること、もう1つは過去に学ぶことからでたもの。これが日本とは大違いということなのだ。東京をみればわかる。文末に「笑いと涙ではじまるこの本は単なる紀行文ではない。現代日本批判の本」と評者。

西条有朋『精神科医はなぜ心を病むのか』(PHP研究所、1260円)/エリオット・S・ヴァレンスタイン『精神疾患の脳の病気か』(みすず書房、4410円)―朝日-、評者・香山リカ。後書は先週取り上げた。評者は、前書は告発エッセイ、後書は研究書の違いはあるが、薬物療法にますます傾き、「人生の問題」に時間を割けない現在の精神医療は病んでいる、という視点では共通しているという。前書の著者は「日本の精神科医は、医師の厳しい労働状況や医療費抑制問題もあるとしながらも、精神科医の資質の低さも深刻」と書いている。中には薬物依存者やセクハラ医師も結構いるらしい。まともな精神科医ほど「過労うつ」という日本の精神科医療の現状は、笑いことではない。

2008年03月30日 10:45

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