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2008年03月30日

[在日のチェチェン難民の遺体送り届けカンパにご協力を]:チェチェンニュース

2008年3月21日、チェチェン難民の男の子が亡くなりました。
彼の名前はラマザン・ハトゥーエフ(28歳)。
 彼がロシアのブリヤート共和国から日本にやって来たのは、2005年の11月のことでした。
それから約2年後、彼は病気に侵され、日本で難民認定を得ることもなく、ロシアにいる家族と再会することもなく、死んでいきました。

今、私に残された彼の遺品は、煙草と、ライターと、吸殻の入った携帯用の灰皿です。
「(タバコを)6ミリから3ミリにした」と病室で笑っていたのが、いつのことだったかは思い出せません。
「家族が心配するからロシアに電話はしない」と、強がっていたことも。

本当に死ぬまでバカな奴だったと思います。
でも、彼だって、死ぬために、日本に来たわけではありません。

ロシア政府は、最期の瞬間まで、彼を家族と引き離し続けました。
医師は、彼の病気が何だったのかを、最後まで突き止めることができませんでした。

私たちは、彼が難民であるということを、結局日本政府に認めさせることができませんでした。
あるいは、日本で生きていくための強い意志を彼に与えることも。

私は、日本人の彼女がいても少しもうまくならなかった彼の日本語に、病気の語彙ばかりが増えていくのを、ただ見ていることしかできませんでした。
最初に肝臓が、次に腎臓が、そして肺が、心臓が、壊されていくのを、彼の体につながる管の数が増えていくのを、ずっと見ていることしかできませんでした。

彼が亡くなる前日、私たちは声を出せなくなった彼と話をすることができました。
瞬きさえ思い通りにならなくなっても、人間は瞳を動かせることを、そして涙を流せることを、初めて知りました。
YESのときに瞳を左右に動かすよう伝えると、彼は応えてくれました。

けれど、私は本当に訊きたかったことを彼に訊くことはできませんでした。
ラマザンは日本に来てしまったことを後悔してる?

今、私たちは、彼の遺体をロシアにいる家族のもとに届けたいと考えています。
彼が亡くなってからお金を集めようとするなんて、自分でも何をしているのだろうと思ってしまいます。
でも、彼を遺族に届け、チェチェンに葬るためには、緊急にお金が必要で、それは私たちだけの力では無理なんです。

だから、どうかお願いをさせてください。
3月31日(月)までに、あと32万円集まれば、私たちは彼を必ず家族に届けます。
せめて、彼と家族の最後の願いを叶えるために、あなたの手を貸していただけないでしょうか。どうかお願いいたします。

送金された方はメールアドレスを教えていただければ幸いです。後日、会計報告をお知らせいたします。

2008年3月26日 チェチェン連絡会議 植田那美

郵便振替口座名称:チェチェン連絡会議 00180-6-261048
(通信欄に「ラマザン」とご記入ください)
銀行口座:三井住友銀行 溝ノ口支店 (普) 2835929 チェチェンニュース編集室
問合せ先:メールアドレス kanti_4(at)hotmail.com

[追記]彼の遺体をモスクワに送るために必要な総額は約120万円で、そのうち空輸棺を送る費用52万円だけはフライトまでに前払いしなければなりません(26日現在20万円の寄付が集まっているので残りは32万円です)。皆様からのご寄付は、3月31日(月)以降も継続して受けつけておりますので、どうかご協力をお願いいたします。

2008年03月30日 21:40

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