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2008年05月03日

エッセー 尹東柱ゆかりの地を訪ねて;朴明子

 所属している「北十字星文学の会」は、多様な分野のハングルの文章を日本語に翻訳する会である。コリアンと日本人が半々ぐらいで、肩書きは様々な20人ほどのメンバーだ。月1度の例会では2人が翻訳作品を先生の指導を仰ぎみんなの意見を聞いて、より充実した内容に仕上げていく。

 先生は児童文学者で人望厚い立派な方である。がさつな私は先生に対して失礼な接し方をしていることもあるだろうに、先生はいつも温厚で優しい。そんな先生や真面目で勉強家の人たちに囲まれ、不勉強の自分を省みる貴重な場であることが9年も関わってこられた理由だろうか。
会ではこれまで二冊の単行本を出版した。南北昔ばなし集「にわとりを鳳凰だといって売ったキムソンダル」、「花時計・ピョンヤン駅」(いずれも素人社)。
 私が楽しみにしているのは春と秋に文学歴史探訪と称して、古代から近代の歴史や文学をひも解きながら、コリアにゆかりの地を訪ねる恒例のピクニックだ。もっとも日本国のどこもコリアに縁の無い所など無いのだろうけれど―。
 今回は尹東柱(ユン・ドンジュン)の足跡を訪ねて宇治に足を運んだ。広々とした美しい景観の宇治川は、かつて朝鮮人労働者が用水工事に携わった川でもある。
 目指すのは、詩人尹東柱が友人たちと写真を撮っている天ヶ瀬吊り橋だ。土産屋や飲食店が並んでいる場所から川に沿って20分ほど行くと、先ほどの喧騒が嘘のように静かになる。川の流れが目に耳に心地よい。橋で私たちもカメラに納まった。
 尹東柱は植民地時代、京都の立教大学と同志社大学で学んだ。同志社大学英文科にいた時、朝鮮語で詩を書いたため治安維持法違反で逮捕され、福岡刑務所で服役中に26歳という若さで獄死した。生前は無名だったが、戦後その存在が知られると大きな反響を呼んだという。今も朝鮮半島ではとても愛されている詩人である。
 わが国が「わが国」でなかった頃、学問をするためにかなりの朝鮮人が日本の大学に在学している。自分の国で学ぶことが出来ずに支配者側の国日本で、日本人のための教育を受ける心境は複雑なものがあったに違いない。
 彼は「支配者の国」で「禁じられていた朝鮮語で詩を書く」ことで、その意思を表わした。その凛とした詩を読むたびに気持ちがしゃんとする。
26歳の時私は何をしていただろう。そうだ、やっと民族意識に目覚めてハングルなどを習い始めたのだった。あれから何十年経っても彼のような志高い生き方は出来ていない。死ぬまで無理だろうけれどせめて長生きして、わずかでも社会にコウケンしなくてはと考えるのはやっぱり愚かなことだろうナ。

尹東柱の詩

死ぬ日まで天をあおぎ 一点の恥辱(はじ)なきことを
葉合いにそよぐ風にも 私は苦しんだ(後略)
              「死ぬ日まで天をあおぎ」


窓辺に夜雨がささやき 六畳ひと間はよその国(中略)
人生とは 生き難いものなのに
どうしてこんなにもたやすく 詩が書けるのだろう
     「たやすく書かれた詩」

2008年05月03日 20:04

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