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2008年05月05日

岡部伊都子さん賛歌:落合祥堯

29日に亡くなられた岡部伊都子さんの追悼文を落合祥堯さんにご寄稿いただきました。
落合さんは元人文書院の編集者で、晩年の岡部さんをご存じの方です。(事務局)

岡部さんは亡くなる何年も前から、弱っていく体を予想して、身辺の整理を進めていたのだと思う。晩年に、これまで住んでこられた広いお家を引き払ったのもその一環だったのだろう。2年前に『遺言のつもりで』という語り下ろしの本を出されたが、題名からしてそれがうかがわれる。
私はこの本を著者からいただいた。以下、この本の感想をもとに岡部さんを偲びたい。

(感想1)
病弱な一少女が、あの戦争に疑問を持つ恋人を理解せず、背中を押して戦地へ送り出したこと、この事実を岡部さんは生涯の痛恨事として何度も何度も話し書いている。自分の汚点や弱みから目を逸らさずに何十年も生き続けること、これは苦しい作業だろうが、思想というものの条件なのだと思う。「自分の根を持つ」という鶴見さんに通じている。

(感想2)
岡部さんの生き方は逆説の論理に支えられていることを発見した。女であること、・体が弱いこと・教育を受けていないこと・年をとってきたことなど、世にいうネガティブな条件を逆転し、そうでなければ見えない世界を開いていった。ネガティブをポジティブの方向に転換したのだ。
逆説の論理は聖書にも親鸞にもドストエフスキーにも見られる。弱きものへの励ましなのだ。
ハンセン病患者や、在日の朝鮮人・韓国人や、沖縄の人たちや、名もない職人たちや、反戦を唱えて弾圧された人たちへのこれほどの熱い思いは、もし彼女が強者の論理=順接の論理の持ち主だったら生まれてこなかっただろう。
岡部さんの生き方・考え方は弱者を励ますだけでなく、「健常者」・男性・日本人の私にも感動を与えてくれる。本書に頻発する「うれしかったよ」「感動したよ」「ありがたいな」という原石のような言葉は、私のシニシズムやニヒリズムを溶かし、心の底に響いてくる。
(『土曜日』の中井正一の巻頭言「精神の明晰・隔てなき友愛・生活への勇気」を思い出す。)

(感想3)
本書によると、社会悪を批判しながら美の巡礼などけしからぬという意見があったらしいが、これは見当違いだ。よりよい社会を求めることとよりゆたかな生を求めることは背馳しない。美しいものへのあこがれ(用の美)と社会悪への抵抗。岡部さんはこのふたつを同時に追求した求道者なのだ。彼女の姿勢の持続の根拠は案外このへんにあるのかもしれない。

2003年夏、私は「ハヌルハウス」の前田憲二さんの取材に同行して、出雲路橋のお家をおたずねした。仕事が終わってから岡部さんはピンクのチマチョゴリに身を包んで僕たちをもてなしてくれた。蝶のような小鳥のような身のこなし、ときに出るおどけた口ぶり、部屋の中がぱっと華やいだ。あのときぼくたちはしあわせだったが、岡部さんも同じ気持ちだったと思う。
ひたむきな、童女のような人だった。調和にみたされ、安らかな気持ちで旅立たれたことを祈りたい。 (2008・5・5)

2008年05月05日 17:53

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