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2008年04月01日

インタビュー「国立サハリン大学日本語教師、オリホヴィク・美香さんに聞く」:片山通夫

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オリホヴィク・美香さん
お会いしての印象は「楽しい人」だった。こんなことを書けばご本人に叱られるかもしれないが、事実、インタビューの時間があっという間に過ぎてしまったのだから、他に形容の仕様がない。場所はユジノサハリンスクの国立サハリン大学経済・東洋学部の日本語の教室。(写真:壁に貼られた書の前で)

彼女、オリホヴィク・美香さん(1964年生)はユジノサハリンスクの国立サハリン大学経済・東洋学部日本語学科で日本語を教えている。それに彼女のご主人はロシア人、正確にはウクライナの方だという。サハリン商工会議所の会頭を勤められているとか。おふたりの間には9歳になる男の子がひとり。北海道北見市出身。1997年に結婚。2001年にサハリンへ移住。そして2004年1月から同大学で日本語を教えはじめた。

 最初にご主人との馴れ初めを聞いた。

 「私は北海道・北見市の市役所で国際交流のセクションに勤めていました。旧ソ連時代から北見とサハリン州のポロナイスク(敷香)と友好関係にあったので、日ソ親善協会のお手伝いで協会の事務局にも出入していました。1996年夏にポロナイスクを訪ねる機会がありました」

 ポロナイスクは、ポロナイ川の河口に開けた町で、ユジノサハリンスクから北へ列車・バスとも7時間ほどで着く。サハリンが樺太と呼ばれていた頃には王子製紙の工場があり栄えていた。「オタスの森」という北方少数民族の集落を日本が作って「同化教育」を施し、又その集落を観光地として売りだした。オタスの森に関しては近年になって過去に起こった人権問題が表面化したことがある。

 「親善交流訪問では通常通訳が一人しか付かないのですよ。それじゃグループで訪問しても質問一つ自由に出来ないじゃないですか?」

 彼女は英語が堪能だった。(だから国際交流のセクションにいたのだといえる)
「『英語の出来る方がいらっしゃいましたらお願いします』といいましたら、ちょうどアメリカに留学しておられた市長の息子さんが通訳を買って出られた・・・」

 そしてその息子さんが、ご主人なのである。

 「結婚にご両親は反対されませんでしたか」とくだらないと思いながら聞いた。
「ひとつ条件がありました。『国籍を変えるな』でした」
 一人息子は日本で生まれたので、彼女と共に日本国籍になった。ご主人は無論ロシア国籍である。
 「それに、日本のパスポートの方が世界を回るのに便利ですよね」と屈託がない。
「私、旅行が大好きなので」
 確かにロシアのパスポートより日本のパスポートの方が旅行するのに制約は圧倒的に少ない。

 「サハリンでの生活はいかがですか」
「サハリンはそうでもありませんが、大陸へ行くと東洋人に対する差別を感じるときがあります」と穏やかでない話になってきた。
「主人の出身国、ウクライナへ行った時のことですが、主人の親戚の子と子供を連れて3人で近所を歩いていたら『ベビーシッターか』といわれたことがあります。同じようなことはサハリンでもありますよ」
 サハリンは残留朝鮮人をはじめ東洋人が多い島である。東洋人を見慣れていると思われるサハリンのロシア人からも時には変な目で見られるとか。
 
 大学では現在、4年生、5年生を受け持っている。4年生や5年生といえば、かなりのレベルに達している。基礎的な日本語はロシア人が教えるのだという。彼女は長文読解、作文、それに会話をみっちり教えるという。

 「教科書が古いのですよね。それで、ウエブサイトや新聞から、随筆など文章を探してきて読ませています」

 大学自体の日本語教育の目標は能力検定2級を目指しているという。2級だと日系企業で即戦力になりうる能力だとか。しかしなかなかうまくは行かない。

 「日本語学科の就職率は100%なんですよね。しかし、殆どが欧米の企業に英語能力を買われて就職するのです。無論英語教育はロシアでは小学校から行われています」

 どうして日系企業に就職しないのか疑問に思った。北海道とは目と鼻の先の地理的条件のサハリンで日本語能力がある学生なのに。

 「まず、就職先の絶対数が少ないのです。それに欧米企業に比べて給与水準が低いのも大きな原因です。優秀な学生は日本へ留学してスキルアップの後は日本で就職してしまい帰ってこない・・・」

 日本企業の考え方はなかなかロシアで成り立たないという。例えば欧米の企業は文化面、環境問題、奨学金制度など本業以外で相当社会に寄与している。つまり様々な社会事業でスポンサーとなる。ところが日本の企業は投資したその分、利益を上げることに専念しようとする。それも長い目では見ない。短期に利益を上げようとするから給与も低い。利益を上げてから、給与面や社会事業に目が向くのだ。しかしそれでは欧米企業に比べて見劣りする。このあたりが改善する必要があるように思えると言葉少なに語る。

 「ロシアの大学は日本のそれと違いがありますか」
「卒業証書の重さが違います」
と即座に答えられた。
日本の大学の卒業証書に比して格段に値打ちがあるということだ。

 「スペシャリストを育てるのですね。だから日本のように就職してから、勉強した学問と全く畑違いのセクションにまわされるということはないのです。例えば自主企業研修制度という制度が確立されています。学生が自分で企業に行き実際に働く制度で、学生はそこで社会を見て、企業活動を経験するのです。卒業後、その企業に就職する可能性も高いですよね。人間関係が出来ますから」

 「教えていて楽しいと思うことは『先生、今日の授業は良かったよ』って学生が褒めてくれると嬉しいですね」
 教師冥利に尽きるということだろう。

最後に、今の生活に何が足りませんかとお聞きした。
「私・・・、本を読むのが好きなんです。日本語の活字に飢えています」

 そういえば、以前、知合いの銀行マンも「新聞が読みたい」と嘆いていた。
北海道とサハリンを隔てる宗谷海峡は活字文化も遮断している。一方、サハリンには韓国の文化は大量に流入している。週3便ユジノサハリンスクとソウルを結んでいるアシアナ航空は機内に積んでいる新聞や雑誌をアシアナ航空のオフィスの前に積んで自由に配布しているというのに。

2008年04月01日 10:40

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