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2008年05月30日

私の視点・北からの便りNo.56最終回:片山通夫

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6月からWebデザインが一新します。それに伴ってこのシリーズは今回が最終回となります。長い間ありがとうございました。(笠井真美子、片山通夫)

 さて、最終回はサハリンから筆者が10年近く取材し続けている残留朝鮮人の話。
ご承知のように、サハリンが樺太と呼ばれていた時代に、植民地だった朝鮮半島から、不足する労働力を補うために、朝鮮人をおよそ6万人(北海道新聞調べ)が移り住んでいた。
写真は2000年2月に始まった「永住帰国」時のユジノサハリンスク空港で撮ったもの。
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2008年05月23日

私の視点・北からの便りNo.55:片山通夫

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「潮干狩り」
サハリンの地図を見ていただくと、北海道・稚内から真っすぐ北に深くえぐれた湾がある。アニワ湾である。
その一番奥まったところはユジノサハリンスクから車で走ると1時間余りで行ける。そこの海は遠浅になっていて潮干狩りに最適である
写真は潮干狩りに夢中のサハリン人
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2008年05月16日

私の視点・北からの便りNo.54:片山通夫

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キオスクである。実は筆者はキオスクの意味を知らなかった。この稿を書くにあたって調べてみたら「キオスク(KIOSK)」とあって、単に建造物のことだった。もともとは「あずまや(公園などにある、寄棟式の休憩所のこと)」を意味するトルコ語のKioushkとも。
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2008年05月09日

私の視点・北からの便りNo.53:片山通夫

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「春が来たら」ようやくサハリンも草木が蒼くなる季節が訪れた。
 ユジノサハリンスクのアパート群の空き地には写真のように洗濯物が干される季節。
 太陽の光を求めて人々は街を歩く。公園へ行く。そして海や山へ。

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2008年05月02日

私の視点・北からの便りNo.52:片山通夫

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【冬の終わりは短い春】
 北国の春は短い。雪が解けて地面が現れると春である。その後にこれも短い夏がやってくる。短い夏は、もう長くて厳しい冬の前兆なのだ。
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2008年04月25日

私の視点・北からの便りNo.51:片山通夫

080425-2mk.jpg ユジノサハリンスクに大きな公園がある。その名もガガーリン公園という。そうあのガガーリンの名を冠した公園である。ガガーリンは、1961年4月12日に人類初の宇宙飛行をやってのけたソ連の誇る英雄である。「地球は青かった」と有名なセリフを残した。
それがこの公園とどんな関係があるのかは知らない。
写真は6月のガガーリン公園で絵を描く人。<続きを読む

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2008年04月18日

私の視点・北からの便りNo.50:片山通夫

「オー!寒い!!」
080418mk.jpg驚くようなスピードでサハリンの経済状況は良くなっている。よくなっているということは「消費文化」が蔓延してきて、物価が上がっているということでもある。
 一方で年金生活者の生活は厳しくなってきている。収入が年金だけの場合(ほとんどの人がそうだが)生活費の上昇は致命的だ。(写真は派手な看板の下を歩く年金生活者。ユジノサハリンスクで)<続きを読む

07:35コメント (0)

2008年04月11日

私の視点・北からの便りNo.49 :片山通夫

「夢」
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 写真はユジノサハリンスク市内のある一戸建ての家から撮った窓とその向こうに広がる原野である。気の置けない仲間数人とこの家を訪れた。まだ夜には早過ぎる時間なのにウオッカが入ってにぎやかな午後になった。<続きを読む>

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