片山通夫の「取材手帖」

2011年1月17日

「冬の日のたわいない話」:片山通夫

  ふと思いついて奈良の入江泰吉記念奈良写真美術館へ出かけた。冬の日がやわらかく美術館にしつらえられている水面に揺れていた。

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2011年1月10日

サハリン・スキースタイル:Lee Esik

サハリンのスキー風景の写真が届きました。撮影はLee Esik。ユジノサハリンスク在住の写真記者です。場所はユジノサハリンスク郊外・旧旭岳。ゴンドラで山頂まで行けます。 写真を見る

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2011年1月 8日

コラム「風」北朝鮮を考える:片山通夫

明けましておめでとうございます。本年もジャーナリスト・ネットをよろしくお願いいたします。

 さて、筆者にとっては本年最初のコラム「風」です。もう少し「軽い」テーマをと考えたのですが、昨年来、北朝鮮と韓国との間で緊張が高まって来ているのを受けて、こんなテーマを選んでしまいました。

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2010年12月26日

今週の一枚・最終回「中山道を往く」:片山通夫

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 思うところがあって、長野県と岐阜県の境あたりに出かけ、旧街道・中山道の宿場町を訪ねた。訪ねた宿場は「奈良井宿」、「妻籠宿」、「馬籠宿」そして木曽福島である。

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2010年12月20日

取材手帖「樺太そしてサハリン」最終回:片山通夫

Vol.29「永住帰国の朝」
 その朝は2月のサハリンにしては珍しく晴れ渡っていた。最も寒い季節でもある。ワーリャの運転する車はユジノサハリンスクから40キロほど南に行ったコルサコフに向かっていた。助手席には筆者。

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2010年12月19日

今週の一枚「あなご裂き」:片山通夫

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あなごは「穴子」とも書く。なんでも150種ほどがいると言う。

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2010年12月13日

取材手帖「樺太そしてサハリン」:片山通夫

Vol.28「サハリンウリマル(韓国語)放送」
「ヨギヌン サハリンラジオパンソンイムニダ ヨロブン、アンニョンハシムニカ」
こんなアナウンスで始まるラジオ放送がサハリンにあった。サハリンウリマル(韓国語)放送である。

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2010年12月12日

今週の一枚「枯尾花」:片山通夫

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先週琵琶湖の北、所謂湖北方面へ出かけた。そこで見つけた風景は、もう盛りを過ぎたススキの原だった。

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2010年12月 6日

取材手帖「樺太そしてサハリン」:片山通夫

Vol.27「セコリョ新聞」
 漢字で書くと新高麗である。ソ連時代からある新聞で当時は「レーニンへの道」という名前だった。日本が置き去りにした朝鮮人への社会主義教育が主な使命とされた。ロシア唯一の韓国語新聞である。タブロイド版8ページ。毎週金曜日に発行。

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2010年12月 5日

今週の一枚「神々の世界」:片山通夫

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日本の神話に出てくる舞台...。つまり高千穂で撮った。古代の人々はこんな光景をみて「天孫降臨」をイメージしたのだと思う。

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2010年11月29日

取材手帖「樺太そしてサハリン」:片山通夫

Vol.26鳥居のある浜辺

 ある時、ワーリャがこう言った。

「カタヤマサン。今日の予定は?」

「特に何も...。出来たら郊外へ行きたい」

「じゃあ決まった。北へ行こう」

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2010年11月27日

コラム「風」沖縄知事選:片山通夫

 沖縄知事選挙の投開票が明日に迫った。報道各社の22日・23日頃の世論調査では「無所属現職の仲井真弘多氏(71)(自民党県連、公明、みんなの党推薦)と、無所属新人で前宜野湾市長の伊波洋一氏(58)(社民、共産、社大、国民新推薦、そうぞう支持)の2氏がほぼ互角の戦いで激しく競り合う展開だという。

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2010年11月22日

取材手帖「樺太そしてサハリン」:片山通夫

Vol.25宴の終わりはアリランよ」その2

 

(前週よりの続き)

 

 食堂に移動した。日本が統治していた樺太時代からの炭鉱の食堂だ。決してきれいなレストランとは言い難いが清潔だった。

余談だがこの炭坑の食堂で焼かれるパンは絶品だ。聞けばソ連時代から有名だったという。そのパンを主食に、サラミソーセージ、酢漬けの野菜、チーズなど、決して豪華ではないが、いやむしろ質素な食事が用意されていた。勿論、ウオッカも。

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2010年11月21日

今週の一枚「あ・き・い・ろ」:片山通夫

101121mk-2.jpg秋たけなわ。そんな季節を探しに京都・美山町の茅葺の集落を訪ねた。集落は観光客でいっぱい。皆さん秋を求めて・・・。
 カメラを肩から提げてブラブラしていたら、写真のような小川にぶつかった。集落とは逆の方向。太陽に光る水が印象的な山間のきれいな川だったので、橋の上から逆光で撮ってみた一枚。

 今週は<秋>を楽しんでください。・・・といっても、北国ではもう<冬>の装いか?

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2010年11月15日

取材手帖「樺太そしてサハリン」:片山通夫

Vol.25宴の終わりはアリランよ」その1

 2002年、日韓共同主催でワールドカップがあった。その時筆者は大阪にある在日韓国朝鮮人の町・コリアタウンにいた。コリアタウンの中ほどに公園がある。その公園では

、近所に住む在日韓国人たちが500人ほど集まって、大スクリーンに映し出される韓国チームの応援で熱気があふれていた。

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2010年11月14日

今週の一枚「刺青と腕輪」:片山通夫

101114mk.jpgマレーシアは多民族国家だ。漢民族やマレー人が主なようだが、数多の少数民族もいる。この写真はそんな少数民族の男の腕と腕輪。

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2010年11月 8日

取材手帖「樺太そしてサハリン」:片山通夫

Vol.24「麻雀パイを買ってきて!」

人間は生活に余裕ができると「遊ぶ」ことに目が行く。前週紹介したブティックを開いたおばちゃんたちもブティックを開いて多少の余裕が出てくると小さな楽しみを見つけ出した。

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2010年11月 1日

取材手帳「樺太そしてサハリン」:片山通夫

Vol.24「飛んでイスタンブール」
ソ連崩壊、韓国との国交樹立そそれに伴ってやってきたビジネスチャンスをつかんだ一人がこの物語の案内人であるワーリャもその一人である。

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2010年10月31日

今週の一枚「この先ロシア・極東」:片山通夫

101031mk.jpgどこにでもある「道標」だ。鳥取県・境港でみつけた。境港は水産都市としてその名を全国にとどろかせている。また明治以降には朝鮮半島に向けた貿易港としても栄えた。

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2010年10月25日

取材手帖「樺太そしてサハリン」:片山通夫

Vol.23「ビジネスチャンスがやって来た」 韓国とロシアの国交が樹立するとそれまで「米帝国主義の傀儡政権の地・南朝鮮」はサハリンにとって身近な国になった。同じことが韓国側からも言える。

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