2010年12月29日
ブログっていいな~!第一弾作品です:Toyozato tomoyuki
今回行き着けの写真屋さんで一カット15円の簡単なデータ化のセールをしていたので一挙にデータ化してブログに一部発表しようと思う。
まずは783カットを年内で受け取った(安いと言っても12332円もかかる!)が、色補正もされていないので非常に見るに耐えない感をぬぐえない。
私のような売れない写真家だと写真を発表できる場を得るとしたらブログが適しているかもしれない。
それで実験的に発表してみる。
第一弾のシリーズは「泡瀬の堤防」である。
これを作品と言い張る気はない。
だが写真という複写の特性を活かして記録されたこれらの夢にはいろいろなストーリーがある。
それは十分に作品たるものと言えなくもない、かもね。
とはいえこの無名の芸術家たちの作品を私の意図しないように全部載せるのは大変な数なのだ~。
「泡瀬の堤防」 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288344.html
「泡瀬の堤防」 2 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288353.html
「泡瀬の堤防」 3 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288360.html
「泡瀬の堤防」 4 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288376.html
「泡瀬の堤防」 5 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288385.html
「泡瀬の堤防」 6 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288395.html
「泡瀬の堤防」 7 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288399.html
「泡瀬の堤防」 8 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288402.html
「泡瀬の堤防」 9 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288409.html
「泡瀬の堤防」 10 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288415.html
「泡瀬の堤防」 11 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288418.html
「泡瀬の堤防」 12 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288423.html
「泡瀬の堤防」 13 :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288433.html
「泡瀬の堤防」 14(最終回) :豊里友行
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3288438.html
2010年12月21日
コザ騒動40年目を歩く:Toyozato tomoyuki
2010年12月21日
沖縄の両新聞社はこの日までにどちらも特集記事を組んでいる。
今朝の琉球新報では元琉球新報写真部の國吉和夫さんの写真特集を一頁組む。
その時で気づくべきことがあったが私はのほほんと構えていた。
今日の夕方から沖縄市文化協会写真部会議を開く。
来年に開催される中部連合文化協会写真展が議題になる。
会議が終わる頃時計の針はは午後7時を回る。
ヒストリートでイベントがあるかなぁ〜と思い足を運ぶが閉まっている。
そこぐらいで気づくべきだがいかに私が考えずに行動していることか!
12月20日未明なのだから19日の夜にコザ騒動に想いを馳せながら夜通し歩くべきだった(笑)
20日の7時にゴヤからプラザハウスまで歩く。
空港通りでは姉妹のオバサンが店の前で客を待つ。12時までに米兵は帰らないといけないから11時には店から追い出さないといけないという。客足もさみしくなった。米兵は昔に比べて金を持っていないと嘆く。
フィリピン人の女性が三人ダンスクラブらしき店の前で客を待ている。居酒屋の灯りが灯る。
学習塾なども多い。
高校生や予備校生が目立つ。
オーシャンは20日のコザ騒動を記念して千円でチキンなどを食べ放題飲み放題!!
題して~。
『We are CHICKEN (俺たちはチキンだ)!』。
チキンは争うことを避けてばかりいます。
それでいいじゃん
とオーシャンのブログで語る。
2代目オーナーのヤラヤッシーさんは赤字だよと何故かあきらめ顔だか楽しそう。
特にライブが聴けるが素晴らしい(ヤラヤッシーも歌う)!
ヤラヤッシーはコザ騒動のような行動は起こせないからチキン(臆病の意味も込めて)を食べお酒を飲み歌を聴いてみんなで楽しく過ごしたいとコザ騒動への想いを語る。
楽しい一時を過ごし11時半にオーシャンを出る。
それからもう一周コザ騒動の起きた場所を歩く。
まだ私は生まれていない。
正直まだ私はコザ騒動について感心が薄い。
コザ騒動40年目の現場を歩きながら米軍基地の歪みや終わらぬ「占領下」への沖縄の反抗に想いを馳せる。
できることならば沖縄民衆の怒りを暴力に訴えるのではなく文化や芸術、スポーツ、経済発展などへ昇華させるエネルギーの爆発に点火し平和的な基地撤去運動に繋げてほしい。
Cafe OCEAN(オーシャン)
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e2551611.html
2010年12月 4日
残波大獅子:Toyozato tomoyuki
読谷村残波岬にある彫刻家金城実さんと民衆との共同制作された残波大獅子。
初稿は週刊金曜日で目取真俊連載の「海鳴りの島から」第四回目に掲載された。
残波大獅子の右下には彫刻家金城実さんと元読谷村長山内徳信先生の二人に登場して頂く。
演出写真というなかれ。
沖縄について想いの深いお二人だからこそこの場所に似合うのだ。
沖縄の家を守るシーサーを彫刻家金城実さんのスケールのでかい作品に私は、沖縄の自立した歩みを象徴的に写真映像化しようと試みる。
朝早くから山内徳信先生を残波岬の残波大獅子の前にお願いして、彫刻家金城実さんを車に乗せて行く。
私の狙い通りの朝陽が残波大獅子を立体的に浮き彫りになる。
現場では山内徳信先生と彫刻家金城実さんを残波大獅子の前に立っていただいて撮る。
そうしたら山内徳信先生が撮影のアイディアを提案する。
せっかく金城実さんと一緒なのだから沖縄について話している所を撮ってみてはどうか。
即決定で大獅子の傍らで沖縄についてお話をしてもらう。
今思えば大獅子とお二人とを、広角レンズで遠近感を出して同じくらいの大きさに強調してみるという手もあったが、やはりメインは残波大獅子でよかった。
写真が出来上がって彫刻家金城実が帽子の影で顔が隠れてしまっているのに気づく・・・。
金城実さんには残波大獅子の作品が作者の顔ですからとお許しを頂く。
撮影が終わると緊張の糸が切れた凧のように私は、当時勤めていた写真屋さんの出勤時間を気にしていた。
せっかく山内徳信先生のお話を聞けるチャンスなのだが当時の私は仕事に穴を空けることを恐れていた。
糞真面目でした(笑)
山内徳信先生がそれに気づいて早く仕事に行きなさいとお心遣いをしてくれる。
その週刊金曜日の掲載号とは別に2Lサイズくらいの額装をして改めてその時のお礼をしに山内徳信先生の研究所へお伺いする。
日本国憲法をよく熟知し、それを武器にした読谷村長時代の山内徳信先生のお話は痛快だ。
いろいろためになるお話をお聞きした。
その後も『彫刻家金城実の世界』豊里友行写真録を今年2010年4月に発行する。
その写真集の表紙はこの時の思い出深い写真を選んだ。
その写真集は金城実事務局の買取のおかげで快調に2刷りまで行く。
めでたしめでたし~。
千冊を超える好調な印刷ぶりを記念して今週の一枚で『彫刻家金城実の世界』豊里友行写真録の写真を連載します。
よろしくお願い致します。

2010年11月28日
沖縄県知事選 仲井真弘多氏が当選 ! :Toyozato tomoyuki
第11回沖縄県知事選は11月28日、投票が行われ、無所属現職の仲井真弘多氏(71)=自民党県連、公明、みんなの党推薦=が2期目の当選を確実にした。
2012年3月末の沖縄振興計画終了を控え、「沖縄21世紀ビジョン」に基づく新たな計画策定に向けた路線継続が支持されたようだ。
「県外」を主張する仲井真弘多氏。
「国外」を主張する伊波洋一氏。
県内移設反対で両県知事候補の争点がぼやけた感が若干あった。
大接戦の選挙の末に基地撤去以外の政策の沖縄県民の理解を得たのは仲井真弘多氏だった。
だが沖縄県知事就任後の仲井真弘多氏を突き動かしていく今後の沖縄民衆の意志が重要になってくるだろう。
QABの報道で名護市辺野古住民のお婆さんが選挙で負けても(辺野古に)基地は造らせないと言う。
沖縄の基地撤去運動は、選挙という所謂言葉の闘いだけではない。
辺野古の新基地建設に対しての非暴力の阻止行動という民衆の抵抗運動が今現在も続いている。
それを擁護すべく伊波洋一氏の主張に賛同した多くの票を死に票にしてしまいそうだ(297,082票)。
ただ両候補者の主張に違いはあったものの仲井真弘多氏は第11回沖縄県知事選当選直後のインタビューで「米軍基地は沖縄だけを守っているのではない。日本全体、しいてはアジア圏内を守っているのだから沖縄だけに74%もの基地負担の現状を変えないといけない」という趣旨の弁を語る。
そう沖縄と日本本土、しいてはアジア圏内の平和に対する連帯の輪が広がってほしい。
だが現実は北朝鮮に対抗するように米韓軍事演習がなされるようだ。
今回の北朝鮮と韓国の戦争ともいいたくなる緊張状態が少なからず沖縄県知事選においても影をおとしているように私は思える。
伊波洋一氏の米軍基地を国外撤去の主張への沖縄県民の大部分への共感にいたらなかったのも内外の有事をアメリカ軍に守ってもらうというある種異常な戦後日本人のアメリカ頼みの依存心による。
勿論ウチナーンチュ(沖縄の人)全体がアメリカへ依存した軍隊容認派に成りかけているとは一概には言えない。
私の考えを言うなら国外への基地撤去でも困る。
武器がある処で戦は勃発する。
沖縄戦の悲劇も日本の右傾化の波に呑み込まれたことにより沖縄に軍隊があったからなのだ。
捨石にされた苦い経験を持つ沖縄だからこそ基地の国外移設ではなく基地の無条件撤去を求めてほしかった。
日米韓の軍事演習などを繰り返し世界の警察官としてのアメリカの威信を守ろうとすればするほど北朝鮮や中国への脅威を煽り続けるだろう。
武器や軍隊があるからこそ第二の沖縄戦の悲劇をアジア圏内で繰り広げかねない。
基地の島・沖縄の現状を変えることが仲井真弘多沖縄県知事にはできるか、ではなく沖縄民衆しいては日本全体の民衆が在沖米軍基地の在り様を再考すべき転機を迎えているのではないだろうか。
とはいっても普天間問題の火中にある宜野湾市長選挙は、革新政権を維持した。
伊波洋一前宜野湾市長の知事選出馬に伴う宜野湾市長選挙が11月28日、投開票され、新人で前副市長の安里猛氏(58)=無所属、社民、共産、社大推薦=が元自民党衆院議員の安次富修氏(54)=無所属、自民、公明推薦=を破り初当選を確実にした。
普天間問題の火中にある宜野湾市民からの声をぜひとも日本全体へ浸透することを願って止まない。
2010年11月26日
私の沖縄県知事選:Toyozato tomoyuki
任期満了に伴う沖縄県知事選(11月28日投開票)。
自民党県連から支援を受けて再選を目指す無所属現職仲井真弘多氏(71)=公明、みんな推薦=がわずかに先行しているらしい。
無所属新人の前宜野湾市長伊波洋一氏(58)=共産、社民、国民新、日本、沖縄社大推薦=が激しく追う展開となっている。
『沖縄1999-2010 戦世・普天間・辺野古』豊里友行写真集の人間の鎖の写真で伊波洋一さんが掲載されているので沖縄市部の伊波洋一選挙事務所へ2冊ほど贈呈する。
もちろん私も今度の沖縄県知事選では、伊波洋一さんを応援している。
そうしたら文化の日の休日にケータイに伊波洋一さんからお電話を頂く。
現状は仲井真さんとの一騎打ちで競っています。
『沖縄1999-2010』では掲載してくれてありがとうございます。
私はぜひ沖縄県知事になってくださいと手短に応援する。
今回の選挙は仲井真さんも伊波洋一さんも両候補が普天間の県外移設を訴えることで争点がぼやけてしまっているようだ。
しかし、これまで宜野湾市長として伊波洋一さんはアメリカ本国へも沖縄の基地を持って帰るように一貫して沖縄の基地撤去を訴えてきた。
仲井真さんは基地容認派として辺野古への新基地建設を容認して来た。
それが鳩山首相の県外移設発言から火がついた沖縄県民のこれまでの鬱憤が今まさに活火山のマグマのように爆発しそうだ。
その民衆のマグマのような感情に促されるように現在の沖縄県知事は普天間問題において県外を唱えるようになる。
その両候補者の姿勢の違いは、今回の選挙においても競りながらも結果として現れると私は考えている。
今年は沖縄市のコザ暴動から40年目を迎える。
孤高のジャーナリストの森口豁氏は言う。
多くの沖縄県民が集う集会も選挙もいわゆる言葉の闘いだ。
これまでありとあらゆる沖縄県民の言葉による闘いはなされてきている。
それでも駄目な沖縄の植民地支配の現状において言葉への絶望の果てにコザ暴動が起こった。
それは民衆隆起と肯定的に私は捉えたいとその孤高のジャーナリストは語ってくれた。
今回の沖縄県知事選において私が何故、伊波洋一さんを推すか?
これから普天間問題において日米両政府の厚い壁をまえにして一貫して基地撤去を叫び訴え続ける情熱の人を沖縄県民は今、必要としている。
言葉への絶望によって40年前にコザ暴動が起こったのなら、やはり今しかできない沖縄県民のジンブン(生きる知恵)を絞るとしたらやはりこの沖縄県知事選において伊波洋一さんの当選しかないだろう。
赤ん坊が言葉を知らないために泣く行為で自分の感情表現をする。
私たちもまた、言葉に絶望したとき赤ん坊の泣く行為のような生きる証を表現すべく意志表示を模索するだろう。
私はできることならば活火山のマグマのように爆発するような意志表示をテロや戦いと呼ばれるモノに貶めてはいけないと願う。
私は言葉による希望を諦めたくない。
2010年11月23日
沖縄の写真集:Toyozato tomoyuki
たった一枚の写真だとしても歴史に残す記録として手にとることができる。
W・ユージン・スミス =『W・ユージン・スミスの見た日本』(東京都写真美術館)
木村伊兵衛 『昭和を写す』
土門拳 『土門拳の伝えたかった日本』(毎日新聞社・土門拳記念館編)
濱谷浩 『地の貌 生の貌』濱谷浩写真集成
山田實 『こどもたちのオキナワ 1955-1965』、『時の謡・人の譜・街の紋』山田實寫眞50年
津野力男 『陰翳礼讃』
故 比嘉康雄 「太陽」'76・7月号『おんな・神・まつり』(太陽賞受賞)、)、『生れ島・沖縄』(東京写真専門学院出版局)、 『神々の島:沖縄久高島のまつり』(平凡社)、『神々の古層』(ニライ社)=小泉八雲賞など、
『琉球弧・女たちの祭』(朝日新聞社)、『生まれ島・沖縄 アメリカ世から日本世』比嘉康雄写真集、
『光と風と神々の世界』比嘉康雄回顧展、『日本人の魂の源郷 沖縄久高島』(集英社)
故 平良孝七 『パイヌカジ』(木村伊兵衛賞受賞)、『塩屋・ウンガミ』(塩屋ウンガミ刊行委員会編)、
『沖縄1961年~1981年カンカラ三線』、『パイナップルものがたり』(金の星社)、
『太陽と風とカンカラ三線』=2002年
安里盛昭 『粟国島ーシマンチュとシチビ 神の里』
平井順光 『生まれ島 西表』改訂版(HIRAI PHOTO OFFICE)、『沖縄の祭り』(コミックおきなわ社)
石川文洋 『琉球舞踊』(創和出版)、『沖縄 わが故郷』(ルック) の各氏ら。
写真集『望郷沖縄』(本邦書籍)
親泊朝擢 『沖縄写真帖』(小澤書店)
坂口総一郎 『沖縄写真帖』
仲宗根源和 『沖縄県人物風景写真帖』(沖縄県人物写真帖刊行会)
ikehara kikuo,murayama kenji, 『写真帖 沖縄今昔』
『基地沖縄:カメラで捉えた10年』(沖縄タイムス)
『写真にみる沖縄戦後史』(沖縄タイムス社)
『写真集 沖縄〈百万県民の苦悩と抵抗〉』 沖縄革新共闘会議編集その他 (新時代社)
『こだわりの眼』(沖縄タイムス)
『那覇百年のあゆみ』 (那覇市企画部市史編集室)
『やんばる100年』(那覇出版社)
『写真集 沖縄:失われた文化と風俗』(那覇出版)
写真集『25000人の顔:6・21カデナ基地包囲大行動の記録』(6・21を記録する会・編集)=1987年
『写真記録 沖縄戦後史』(沖縄タイムス社)
写真集『KOZAひと・まち・こと』(オキナワ市役所)=1997年
記録写真集『与那国沈黙の怒涛どぅなんの100年』(与那国町)=1997年
「写真記録 沖縄戦後史」」(沖縄タイムス)
「写真集 むかし沖縄」(琉球新報)
太田昌秀編 『写真記録・これが沖縄戦だ』(那覇出版社)、太田昌秀監修『写真集 沖縄戦』
『大琉球写真帖』 (大琉球写真帖刊行委員会)
野々村孝男編 『山崎正薫らがあるいた昭和初期の原風景:懐かしき沖縄』(琉球新報)=2000年
『日本に向けられたヨーロッパの眼』2
『フォトネシア/光の記憶・時の果実』
『記憶のトライアングル、10人の眼』
ウチナーンチュの見た東京相貌
『東京ベクトル』豊里友行写真集、『彫刻家金城実の世界』豊里友行写真禄、『沖縄 1999-2010』豊里友行写真集
嬉野京子写真集 『沖縄100万の叫び』 (新日本出版社)
下地良男 『沖縄・心根の風景』
吉嶺全二 『沖縄・海は泣いている』(高文研)
知念かねみ 『どぅなん-与那国での出会い-』、『子どもが輝く瞬間(とき) 八重山10年・教師の眼』
西浦宏己 『与那国島』(葦書房)
張ケ谷弘司 写真集『沖縄』共著 写真記録『人間の住んでいる島』(阿波根昌鴻)の編集協力
吉岡攻 『太陽』(準太陽賞)、吉岡攻写真集『沖縄:69-70』(写真群1970)
大城信吉 『世界遺産 中城城跡』
島袋正敏 『沖縄の豚と山羊』(ひるぎ社)
新田勝也 写真集フォトドキュメント珊瑚礁からの警鐘『海と人間』
栗原達男 『写真報告 オキナワ1961~1970』(朝日新聞社)
丹地敏明写真集『沖縄』(主婦と生活社)
伊集盛彦写真集『沖縄心の美』(東方書房)
『長浜治沖縄写真集:あつく長い夜の島』(芳賀書店)
『親泊康哲写真集 アシャゲの遊び』、『親泊康哲写真集 続アシャゲの遊び』
掛川源一郎写真集『大地に生きる:北海道の沖縄村』(第一法現)
『沖縄・昭和10年代:坂本万七遺作写真集』(新星図書出版)
鎌倉芳太郎 『沖縄文化の遺宝』
比嘉良治写真集 『シャツの鼓動』(角川書店)
屋良朝栄写真集 『天使たちの詩』(南島社)
金城規克写真集 『illusion』(イメージサークル沖縄)
中村幸裕写真集 『ヌジャン』(那覇出版社)
『伊志嶺隆遺作集』(伊志嶺隆遺作集実行委員会)
水島源晃『人びと 私のアルバムより』(水島源晃写真集編集委員会)
コルネリウス・アウエンハントと静子・アウエンハント夫妻
『波照間島:祭祀の空間』(榕樹書林)
阿波根昌鴻写真集 『米軍と農民:沖縄伊江島』(岩波書店)、『人間の住んでいる島』(私家版)
『沖展』(図録)
写真同人誌『美風』
写真誌『フォト真』
「オキナワグラフ」
東松照明 『OKINAWA 沖縄 OKINAWA』(写研)、『太陽の鉛筆』(毎日新聞社)、『朱もどろの華:沖縄日記』、
『光る風-沖縄』(集英社)、『時の島々』(岩波書店)、『沖縄マンダラ』(浦添美術館)=2002年、『camp OKINAWA』
石川真央 『フィリピン』(私家版)、『港町エレジー』(私家版)、『沖縄芝居・仲田幸子一行物語』(私家版)、
『沖縄と自衛隊』(高文研)、『沖縄・海上ヘリ基地』(高文研)、『沖縄ソウル』(太田出版)、
『シマが揺れる』(高文研)
石川真央・比嘉豊光『熱き日々 in キャンプハンセン!!』(あ~まん出版)
石川真央・国吉和夫『これが沖縄の米軍だ』(高文研)=1996年
比嘉豊光 『'95 夏沖縄:50年目のレクイエム』(ゆめあ~る)、『光るナナムイの神々:沖縄・宮古島~西原~1997- 2001』、『赤いゴーヤー1970-1972』(ゆめあ~る)、『わったー「島クトゥバで語る戦世」』(ゆめあ~る)
大塚勝久 『うつぐみの竹富島』、『南の風』(琉球新報)、『うつぐみの竹富島』大塚勝久写真集
國吉和夫 『基地沖縄』(ニライ社)、『琉球グスク群』(琉球新報)
山城博明写真集 『報道カメラマンの見た復帰25年OKINAWA沖縄』(琉球新報)
大城弘明 沖縄タイムス社で『路上のパンセ』(?)、『おきなわの祭り』を担当。『沖縄島唄紀行』(共著、小学館)=2001年、『地図のない村』
岡本太郎 『岡本太郎の沖縄』(NHK出版)
垂見健吾 =
本橋成一 『老人と海』与那国島・本橋成一写真録
藤原新也写真集 『南島街道 沖縄』(スイッチ・コーポレーション)
三好和義 『楽園の原点 おきなわ』(新潮社)、『ニライカナイ 神の住む楽園・沖縄』(小学館)
中村征夫= 写真集『SIRAHO』
岩合光昭 『滅びゆく日本の野生 -南の国-』(集英社)
桑原史成 =『沖縄』(?)
樋口健二 『樋口健二報道写真集成 日本列島'66-'05』
大石芳野 『沖縄に活きる』、『沖縄の原像』
砂守勝巳 『オキナワ紀聞』(双葉社)、『漂う島とまる水』(土門拳賞)
荒木経惟 『続センチメンタルな旅 沖縄』(私家版)、『ラヴ・ラビリンス:沖縄烈情』(新潮社)、
篠山紀信写真集 『少女達のオキナワ』(新潮社)
橋口譲二 = 『南からの風』、『17歳の地図』
井上孝治 『あの頃 井上孝治写真集』(沖縄タイムス社)
ちゅ
小橋川共男 『御万人の心』、『魚わく海・白保』小橋川共男写真報告・2、『琉球弧 美ら海紀行』、『多良間島の八月踊り』、『泡瀬干潟 - 春 - 小橋川写真集』、『こんにちは泡瀬干潟』小橋川共男写真集(隅谷三喜男賞)
北島敬三 『写真特急便沖縄』No1~No4(パロル舎)
平敷兼七 美風人間シリーズ『沖縄をすくった女性達』(私家版)、『沖縄の祭り:宮古狩俣島尻の夏プーズ』(私家版)、
『沖縄戦で死んでいった人達のための「傭」』(私家版)、『金城美智子・光と影の世界』写真集
平敷兼七写真集『島武巳』、『山羊の肺 沖縄 一九六八-二〇〇五年』平敷兼七写真集
マフェー
太田ちづる 『真南風』
故 写真家・牧田清 『我肝沖縄』写真集
勇崎哲史 『大神島 記憶の家族』
野村恵子 写真集『DEEP SOUTH』
仲里効 『ラウンド・ボーダー』(APO)
前原基男 『ふるさとへの想い 竹富島』前原基男写真集、『あんやたん 沖縄写真帖』前原基男写真集
浅見裕子 写真集 『沖縄戦世|美ら海を守る』
古堅宗久 『沖縄の歌碑・石碑 石造物』写真集
山田實・金城棟永写真集 『沖縄の記憶 オキナワ記録写真集 1953-1972』(生活情報センター)
豊島貞夫 『記憶の中の風景:沖縄1960-1975』(琉球新報社)
上西重行 『夢から来た景色』(ボーダーインク)
川本剛志 『琉美の海』(東方出版)
山下恒夫 『島の時間』(CREO)
URUMA TAKEZAWA 『URUMA』
井上慎也 『Smile』(東方出版)
すなべしょう 『記憶の旅』(日本写真企画)、『記憶の旅Vol.2』(日本写真企画)、『沖縄:光・風・彩』(日本カメラ社)、『沖縄:海と太陽の煌めき』すなべしょう&毅写真集、『記憶の旅 パートⅤ 夢のプレゼント』、『記憶の旅 パートⅥ OKINAWA アマハイクマハイ』、『記憶の旅 パートⅦ OKINAWA ニライカナイ』、『記憶の旅 ~総集編 沖縄ナンクルナイサー』、『ヒーリングアイランド OKINAWA』
(沖縄県写真年表)
これらは沖縄写真協会記念誌の資料を元に記しています。
参考資料、写真集等の提供(寄贈)をお待ちしております。
沖縄を撮る:Toyozato tomoyuki
W・ユージン・スミス (『W・ユージン・スミスの見た日本』(東京都写真美術館)に沖縄の写真が大分ある。)
など
そして沖縄の写真界を担う先輩写真家たち。
山田實
= http://rca.open.ed.jp/city-2002/photo/3sakuhin/sakuhin/yamada_r.html
津野力男
= http://rca.open.ed.jp/city-2002/photo/3sakuhin/sakuhin/tsuno_m.html
故 比嘉康雄= http://www.lico.jp/filmography/niraikanai.html (太陽賞受賞)
= http://okinawa-tamashii.ddnn.jp/kosou.htm
故 平良孝七
= http://www.okinawatimes.co.jp/jin/20020731.html 「パイヌカジ」(木村伊兵衛賞受賞)
平井順光= http://w1.nirai.ne.jp/kina-ko/uchinancyu/hirai.htm
石川文洋= http://www6.plala.or.jp/zassoan/
= http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E6%96%87%E6%B4%8B
の各氏ら。
写真集『望郷沖縄』(本邦書籍)も重要な歴史的価値を持つ。
沖展= http://www.okinawatimes.co.jp/spe/a_index.html#oki1
沖縄県芸術祭美術展(県展)= http://www1.linkclub.or.jp/~shinsho/okinawa.html
オキナワグラフ
親泊朝擢『沖縄写真帖』(小澤書店)
坂口総一郎『沖縄写真帖』
嬉野京子写真集『沖縄100万の叫び』(新日本出版社)
島田興生
普天間直弘
棚原盛秀
下地良男 『沖縄・心根の風景』
吉嶺全二 『沖縄・海は泣いている』(高文研)
知念かねみ 『どぅなん-与那国での出会い-』
上井幸子
西浦宏己 『与那国島』(葦書房)
楠山忠之
鈴木清 『』
藤原嗣治
松村久美
岩尾克治
張ケ谷弘司 写真集『沖縄』共著 写真記録『人間の住んでいる島』(阿波根昌鴻)の編集協力
竹中勝
豊崎博光
長濱治
丹野章
吉岡攻
大濱博吉
佐渡山安公
上江洲清徳
大城信吉 『北中城』 ?
山川元亮
栗原滋
嘉納辰彦
城間誠
水島源晃
島袋正敏 『沖縄の豚と山羊』(ひるぎ社)
大城弘明 沖縄タイムス社で『路上のパンセ』、『おきなわの祭り』を担当。
呉屋良延
金城盛和
新田勝也 写真集フォトドキュメント珊瑚礁からの警鐘『海と人間』
『写真集 沖縄〈百万県民の苦悩と抵抗〉』(沖縄革新共闘会議編集 新時代社)
吉岡攻写真集『沖縄:69-70』(写真群1970)
「こだわりの眼」(沖縄タイムス)
水島源晃『人びと 私のアルバムより』(水島源晃写真集編集委員会)
『伊志嶺隆遺作集』(伊志嶺隆遺作集実行委員会)
豊島貞夫『記憶の中の風景:沖縄1960-1975』(琉球新報社)
「写真記録 沖縄戦後史」」(沖縄タイムス)
「写真集 むかし沖縄」(琉球新報)
太田昌秀編『写真記録・これが沖縄戦だ』(那覇出版社)
「大琉球写真帖」(大琉球写真帖刊行委員会)
阿波根昌鴻写真集『人間の住んでいる島』(私家版)
沖縄県公文書館= http://www.archives.pref.okinawa.jp/
沖縄写真史=http://rca.open.ed.jp/city-2002/photo/index.html
岡本太郎= http://www.taromuseum.jp/
= http://www.taro-okamoto.or.jp/
東松照明= http://homepage2.nifty.com/INTERFACE/top1.htm
石川真央= http://w1.nirai.ne.jp/mao-i
比嘉豊光= http://www.pg-web.net/documents/past/2005/higa/higa.htm
大塚勝久= http://www.synforest.co.jp/artist/artist.php?a_no=57
垂見健吾 = http://www.taruken.com/
本橋成一= http://www.ne.jp/asahi/polepole/times/polepole/index.html
「老人と海」
三好和義= http://www011.upp.so-net.ne.jp/rakuen/
中村征夫= http://www.squall.co.jp/
写真集「SIRAHO」
岩合光昭= http://www.digitaliwago.com/
桑原史成 = http://www.town.tsuwano.lg.jp/kuwabara_photo/
樋口健二 = http://www.kobushi-shobo.co.jp/higuchi_works.htm
= http://www.janjan.jp/photo-msg/oishi-list.php
栗原達男 = http://www.jcii-cameramuseum.jp/photosalon/photo-exhibition/2003/20030513.html
砂守勝巳 = http://www.dnp.co.jp/museum/nmp/nmp_j/photos/0415/pframes.html
荒木経惟 = http://www.arakinobuyoshi.com/ 「沖縄烈情」
= http://www.fujifilm.co.jp/photographer/2003_08araki/index.html
橋口譲二 = http://www.apocc.org/ 「南からの風」
井上孝治= http://www.ffac.or.jp/magazine/04/inoue.html
北島敬三=『写真特急便沖縄』No1~No4(パロル舎)
http://www.pg-web.net/home/member/kitajimakeizo.htm
故 写真家・牧田清さんの 『我肝沖縄』写真集
勇崎哲史= http://search.yahoo.co.jp/search?p=%CD%A6%BA%EA%C5%AF%BB%CB&fr=top_v2&tid=top_v2&ei=euc-jp&search.x=1&x=11&y=2
「大神島 記憶の家族」
野村恵子= http://www.keikonomura.com/index.html
写真集「DEEP SOUTH」
浅見裕子= 写真集「沖縄戦世|美ら海を守る」
古谷千佳子= http://www.h5.dion.ne.jp/~kakosuke/
すなべしょう= http://www.sunabesyou.com/
座談会 = http://rca.open.ed.jp/city-2002/photo/2zadankai/con2_05.html
沖縄県写真協会= http://www.geocities.jp/okinawasyashinkyoukai/index.htm
(沖縄県写真年表)
= http://www.geocities.jp/okinawasyashinkyoukai/mame/nenpyou.html
島フォト= http://www.spgokinawa.com/
2010年11月18日
沖縄市民平和講座(森口康秀):toyozato tomoyuki
「紛争・被災・貧困を撮る ~報道撮影現場の実際~」
講師=森口康秀(フォトジャーナリスト)
講座内容:
長きに渡るユダヤ人差別を経て、第二次世界大戦では600万人ともいわれるユダヤ人が大虐殺された。
生き残ったユダヤ人たちは安住の地を求め、1948年にイスラエルを建国。
しかしそこには既にアラブ系民族であるパレスチナ人が先住していた。
失地奪還のためゲリラ化するパレスチナ人、国土防衛のため女性にまで約2年間の徴兵を課すイスラエル。
「戦わなければ滅びてしまう」という究極の状態で60年以上を過ごす人々の暮らしとは・・・。
現地で撮影した写真と取材で得たストーリーでイスラエル・パレスチナを語りたい。
森口康秀さんは国内外で撮影活動をするフリーランスの報道写真家だ。
東京/埼玉、沖縄、ポ-ランドに活動拠点を置く森口さんの語りに引き込まれる。
報道写真だけでは食えない十数年があり、アルバイトのテント建てなどの鉄骨作業員をする。
何カ月も撮影取材に行ったりすることのできる仕事といえば人が嫌がるキツイ仕事だ。
そう腹をくくる森口さんは鉄骨作業員をして食えない時期をしのいだという。
打てば響く太鼓ではないが若い18歳から30代くらいの人にぜひ聞いてほしい話だと思えた。
フォトジャーナリストの存在意義をまざまざと感じさせる言葉があった。
「(存在さえ)無かったことがない様に記録している」
生まれてきたからには人の生涯はいつかは死を迎える。
その生涯を生きていてもしょうがないと思わせる状況に追い込まれている人々がいる。
もちろん日本の現代社会においても生きていてもしょうがないと思える現状はあり得る。
石を投げることで褒められる少年たち。
彼らは、イスラエル軍に撃ち殺されるのを撮れとジャーナリストに訴える時、やはり生きていた証を「(存在さえ)無かったことがない様に記録し」てほしいと願う。
私は沖縄にしがみ付いているだけの視野では駄目だと思った。
もっと客観的にメッセージすべき点があるように思えた。
日本本土全体と沖縄県民との温度差のようなものを感じた。
沖縄県民の意見をどう日本本土にプレゼンすべきかを考えさせられた。
講座の後に森口康秀さんとゴヤのパラミラ通りにあるカフェバーでビールを飲む。
沖縄市で最愛の女性と出会いウチナームゥーコ(沖縄婿)になった森口さんの視点は沖縄にとってはシビアなところがある。
大多数の本土の日本国民の動きを中央にいたからこそ見えてくる切り口で語る。
私は沖縄に生まれ育った者としての視点で日本本土の人々にも共感を得ることができるか模索している。
そんな中での出会いだった。
今回の講座のイスラエルの話もそうだが世界の現場に存在した現状をもっとより多くのウチナーンチュ(沖縄の人)にも語ってほしい。
なにも有名大学出身の人ばかりが語るのが全てではない。
もっと現場の現状を体験してきたメッセージを聞きたくなった。
フリーのジャーナリストでやっていくにはやはり自分の名前に責任を持たなければならない。
その名前の信頼性が大事だと森口康秀さんも言う。
私は報道写真だけで食っていくにはまだまだ。
同職種の先輩と有意義なお話を聞くことができた。
感謝!!
森口康秀
= http://www.ttl-news.com/moriguchi/profile.htm
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